The Redang Telegraph

2019年10月30日

Jepara local food ジェパラの田舎料理。ここ数日、家庭料理ばかり。

Makan Jepara

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Grab(日本でのUbarと同じもの)の発展で、インドネシア各地で「家庭料理をお届けします」というサービスが非常に発達しています。もはや、大規模レストランやファーストフードの「自社出前システム」は瀕死のありさま。

それに、グラブに申し込むレストランは日本のように営業許可や保健所の云々カンヌンとか、調理師免許とかも待ったく関係ないので、本当にそこらへんの家庭の主婦が自慢の腕を奮って料理を売る時代。こういう時代が来るとは思わなかった、、、

それやこれやで、家庭料理を普通に売ることが流行。知り合いも初めたのでまずは家庭料理をトライです。

はて、インドネシア料理といえば?有名なものはありません。言い切ってしまいましょう。インドネシア料理で特筆すべきものはないです。でも、もちろん地元のひとに愛されているバクソといったものはあります。お客に出す、、例えば日本でいうところの、寿司や天ぷら、しゃぶしゃぶといったものはなくても、アジフライ定食とかサンマの塩焼きとかいう庶民の味には事欠きません。

インドネシアの庶民の味は、、基本「煮物」。スープ系です。これは、限られた食材を全部使ってしまうには最も適した料理で、貧しい地方ではスープ系の一択といってもいいでしょう。中世ヨーロッパでも、今に見るコンソメスープ(野菜主体で出汁が逃げないようにスープにする。もちろん、肉なんて贅沢品だからベーコンのかけらみたいのが入っている)はそうですよね。

こちらは、海産物の新鮮なジュパラならではの、小アジの丸煮。

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そして、こちらは今日食べた、イカの丸煮。そう、基本はそのまんま全部まるっと煮てしまうというものです。

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イカスミで真っ黒だけど、アジは抜群。どんな料理でも、丸煮は出汁がとれるから当たり外れはないのです。
、、、、ただし、魚は骨が多い、、肉も骨が大変、、、


Riding in Indonesia インドネシア用のタバードを作ってみた。

Making a Tabard for riding in Indonesia

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今持っているバイク用のタバードは、礼服(?)用の革のやつのほかに、マレーシアチャプター用とエアバッグがはいったものの計3着。これまで、マレーシアのロゴ入をずっとインドネシアでも着ていたけど、今回の日本一時帰国のときにサウジアラビアで着ていたやつを見つけてきたので、これをインドネシア用にしよう。

やりかたは、かんたん。単に、インドネシア国旗と所在地をつけて、あとは名札をつけるだけ。ワッペンは探して探して見つけて、ミシンは宿舎のおばちゃん(いや、お姉さん)にお願いしました。なんか、いいかんじ。ありがとう。

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名札はマレーシアで何個も作ったから大丈夫。タバードそのものはハーレー純正でとってもカッコいいもの(ただしライディングウエアの上から着るようなのでデカイ)。

インドネシアとマレーシアの国民感情を考えると、いつまでもマレーシアロゴのままインドネシアで走ってたらあんまりおもしろくないことにも出会いそうなので、これで良し!

あとは、走るだけ。

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Mango 年中とれるマンゴに旬があるのかよくわからないけど、あるとすれば今だと思う

Mango a lot.

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ジュパラでマンゴーを見かけないときはありません。年中採れているといってもいいのかもしれません。
日本から帰ってきて、さっそく果物屋さんにGo

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ジャンブゥはたしかに今の時期が旬ですね。たぶんランプータンも今が旬です。
その他は、年中ありすぎて、いつが旬なのかよくわからない、、

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アボガドも、たぶん今が食べごろかもしれない、、ただ値段が高め。

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たぶん、値段が安くなると旬なのでしょう。そういう意味では、いまがマンゴーの値段が安い。いろんなクオリティがあるけど、私が買ったのは1kgがRs 20,000。200円でだいたい6個。味は甘くて美味しい、、たぶん、今ならはずれなくどれも美味しいはずです。

ちなみに、こちらはバナナ。

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ひと束が、なんとマンゴーと同じ値段。

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このバナナは標準的な値段なので、マンゴーがかなり安いがわかります。
旬のものは旬のうちに食べたい、、しかし、食べすぎに注意。私は日本から帰ってきたばかりで土地の食べ物がなれて無く、お腹を壊してしまいました。とくに果物のような生食は気をつけないとね。

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Parking watchman インドネシアでは路駐するとどこからともなく駐車おじさんがやってくる。見逃さない、、

Parking watchman in Indonesia

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インドネシアとマレーシアの最大の違いは、インドネシアは人口が多いこと。もう、人だけはうじゃうじゃいます。それは、人口8万人の弱小都市ジュパラだって同じこと??いや、人口の少ないところは、ひとはそんなにいません、、あたりまえだけど。

そして、マレーシアにいなくて、インドネシアにいるのが、駐車場おじさん。
インドネシアの道路は狭い上、行き交う車も多く、駐車場からバックででるとこ迂闊にでると走行中の車とぶつかってしまいます。それに車両盗難とかいたずらされるとかもある。ちなみに、私のバイクもいろいろといたずらされてしまった、、ありえない場所の傷とか部品を盗むとか。

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そういう意味で、駐車場おじさんが往来の激しいところに居てくれるのは助かるし、駐車場をなにげに監視してくれるのはたすかる。
もちろん、駐車場にしかいないわけじゃなくて、商店があるようなところだとどこでもいる。むしろ主戦場は路駐しているバイクとかなのだ。

お店にいって、出てきて、バイクに乗ろうとすると、どこからともなくやってくる。
バイクを見てくれた、、というような人もいる(座席にダンボールを載せるとか)が、全く見てなかったとしか言えない人もいる。私が店から出るのを見つけて寄ってきただけ、、というような人。

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みんな、小銭を出しているので相場というと、、地方によりけり。ジャカルタのような大都市とジュパラのような弱小都市は差が倍から3倍ぐらいあるみたい。バイクしか知らないから車のことはいえないけど、、

ジュパラでは、路駐、、だいたいRs 500ぐらい。駐車場でRs 1,000ぐらい。もちろん、チップなので相場があるわけじゃないし、お店にいって「なになにはありますか?」「ありません」で出てきただけの10秒ぐらいでもチップを出すべきなのか?わからん。

これもひとによりけりで、止めたけど瞬間で移動するときには払わなかったこともある。それで特に問題はなかった。でも、Rs200ぐらいだしても、舌打ちされたこともある。なかなか勘どころなんだろうけど、難しいです。

ともあれ、チップのため、硬貨を集めなきゃ。買い物で硬貨がでることは少ないけど、チップは硬貨ばかり。硬貨の有効な使いみちとすらなっている感もあります。

Yakuza 遠州森町、、といえば、森の石松ではないのか?だが、全く居なかった。

Mori no Ishimatsu

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東京から長崎まで陸路で行ったのは、本当に貴重な体験でした。これが飛行機だったり新幹線だったりすると絶対に味わえない知らない土地のこと。たとえば、静岡の高速SAで、遠州森町、、、。

おや、遠州森!とはここだったのか?知らなかった、、こんなところだったのか。というのと、遠州森といえば、清水一家の「森の石松」。それしか思い浮かばないし、森といえば石松の一択です。こういうところに、おせんべいとかおまんじゅうに石松グッズが溢れていることでしょう。森って聞いたこと無い人でも、森の石松といえば知っている人多いし、町おこしには石松だよね、、

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サービスエリアのお店に入っても、、?あれ、石松グッズがない?石松といえば「すし食いねえ」じゃなかったっけ。お寿司とかで「石松の思い出」とかないの?

そう、全然なかった。石松の銅像があるとかもなかった。石松のキーホルダーもなかった。ゆるきゃら「石松くん」とかもない。石松の「い」の字もなかった。え?ここ、本当に遠州森町だよね?ここの唯一の有名人なのに?

、、、ということで調べました。わかったことは、遠州森町には石松はまったく好意を持ってないということ。むしろ、厄介者、居なかったほうがよかった、、と言わんばかり。だから、昔、石松で町おこししようかという案もあったけど、その案は瞬殺されたらしい。それぐらい嫌われているというレベル。

講談でひろまった遠州森の石松、、は、ほとんどが創作らしいです。実際にそういう人が居たかどうかもあやしいところで、モデルになった数人をくっつけてお話を作ったみたい。そう?だから森町は「石松の故郷遠州森町」と言うのをためらっているの?とか思ったけど、そうでもない。だって、四国の松山は「坊っちゃん」で有名だけど、あれは夏目漱石の小説の主人公の名前(呼び名か、、)で実在の人物じゃなくてもあれぐらい盛り上がっている。しかも小説では松山は非常に馬鹿にされて田舎の代名詞のように貶されているのに、盛り上がっている。

「となりのトトロ」で埼玉西部が盛り上がるけど、トトロはアニメの創作の人、、いや、人ですら無い。でも盛り上がる。聖地巡礼といっては、どっかのアニメにちょびっとでただけの場所でも盛り上がる。それにくらべて、はっきり「遠州森の石松」ってまるで名字扱いされているのに、この嫌われようはなにごと?

しかも、半ば創作上の人物らしい石松に対して、「あの暴れん坊」「あの極道」「穀潰し」「悪人」、、という風評が街中にあり、それが嫌われた原因のようですが、嫌っているというのは愛しているの裏返し。とっても無視できないらしい。まあ、森町をあげて「反社会勢力」追放に力を入れているということは良くわかりました。

お茶が有名らしいです。でも、お茶といえば清水の次郎長の清水のほうが有名かもしれない。ちなみに次郎長は清水市のヒーローで、おみやげも多数。おなじ一家なのに、、、石松と次郎長の明暗を分けたものはなんだったんだろう。

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Hypertensi 人間ドックで高血圧と言われたのでインドネシアの病院に行ったら、それは正常値と言われた。

Hypertensi average in Indonesia ?

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今回の日本一時帰国の目的の一つが毎年の人間ドック。
バリウム派だった私が20年ぶりに胃カメラに挑戦。医学の進歩はめざましく、もちろん医療器具の向上だって日進月歩。20年前に経口で胃カメラを飲んだときの苦しみも、20年の進歩でずいぶん楽になっただろう、、、

、、と思った。、、と願った、、が、実際は、「苦しかった」。20年前とおんなじ。ぜんぜん進歩してないじゃないか、医療の進歩というのは、なんだ、ありゃ、口だけかよ、、、もう、胃カメラは二度としない。来年はバリウムに戻す。このぶんだとあと20年経っても変わらないだろうなああ。

まあいい。さっそく結果がでて、高血圧に注意(お薬を飲みなさいレベル)とあったので、インドネシアの病院にいって。

私「検診で高血圧と言われたので見てください。さっき血圧を調べてもらったけどやっぱり高かったです」
医者「どれどれ、、ふむふむ、あー、全然正常じゃないか」
私「え!そんなことはない。ほら、2年前までずっとこの値だったのが、急に上がっておかしいです」
医「そういわれても、薬をだすレベルじゃないよ」

、、、ここらへんが、平均寿命69歳のインドネシアと、84歳の日本の差か、、、15歳もインドネシアが低いということは、それだけ問題を抱えた中高年が多くて、私ぐらいの年齢だとこんな値は当然ということか?
押し問答の末、私はあんたと違うんだ、これは薬をもらうレベルだ!と力説してお薬をだしてもらいました。

こういう分野はアメリカ心臓協会が世界の権威なはずなので(ダイビングの心肺蘇生法もここのガイドラインだし)、HPをチェック。

アメリカ心臓協会、高血圧の基準
https://www.heart.org/en/health-topics/high-blood-pressure/understanding-blood-pressure-readings

やっぱり私の値は高血圧じゃないか、、ここの医者どうにかしてる。でも、1人の医者にそう言われたのじゃなくて、2人の違う病院の医者からそういわれたんだから、インドネシアの医療基準はインドネシア人の平均余命を基準にしているとしか思えない。

やっぱり、自分の体は自分で守らないとね。
あー、ちょっと思ったけど日本で年金が支給開始されるのが65歳で、これから70歳になるかもしれないといわれている、、でも、インドネシアじゃ平均寿命69歳、、、これは、ちょっと、、だね。












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2019年10月23日

Dejima インドネシアで昔のオランダとの交易を考えたら、当然、出島がどうであったか知りたくなる

Visited Dejima, Nagasaki where Dutch trade center in Japan till mid 19c

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スマランにはオランダ商館街があるし、わが町ジュパラにもオランダ商館が置かれてありました。が、疑問がひとつ。
ジュパラは天然の良港とは言い難い。遠浅で交易船が横付けできるような桟橋は作れません。実際、貿易船は湾内にあって、そこから艀に積荷を移し替えて、商館の倉庫に運び込む。なんという手間暇。桟橋が商館のところにあって貿易船が横付けできれば楽なのに。
、、と思って書いたのが、下の記事。オランダの作ったジェパラ城で考えたこと。

ジェパラ城再訪
http://inlinedive.seesaa.net/article/469957075.html

、、オランダ。海上帝国をつくり世界の海をいっときは制覇した強国。。。ん?強国?たしかに大航海時代の覇者ではあるものの、、オランダ本国は、強大なフランスとドイツとイギリスと旧宗主国スペインに挟まれ、しょっちゅう国は大国に蹂躙され、壊滅的な被害にあい、戦いに破れ本国が占領されるなどあったところです。ヨーロッパの小国、、っていえるぐらい。強大な世界帝国とヨーロッパの小国のイメージの落差に驚かされます。インドネシアは小国オランダの富の源。オランダはインドネシアを搾取することで蹂躙された本国をいつも立て直していた。

ときにオランダ本国はフランス、イギリスに支配され、もう世界帝国も終わりだ!というときに、オランダ国旗がたなびいていたのは、出島でした。出島まで追っかけてきたイギリスの軍艦を追っ払った(?)のが、世に知られる「フェートン号事件」。その後、フェートン号事件の不首尾で肥前藩の家老達がばさばさ切腹して、イギリスと戦ったもの連合(薩=薩英戦争、長=下関戦争)に加わることになりました。

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そこまでして出島を維持したのは?そもそも出島とは?ということで、日本滞在期間を利用して出島に行ってきました。

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何十年前も行ったけど、いまはすごくきれいに出島は観光地として整備されて、びっくり。そして、入ったのは水門から。こちらは、オランダ船と出島の間を往復した艀の入り口。

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長崎というと天然の良港で、深度がとれる埠頭で有名。にもかかわららず?オランダ船は出島に横付けしてない!なんとジュパラとおんなじじゃないか。え?長崎でしょ?横付けできるんじゃないの?

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説明を読むと、もともと出島はポルトガル人が埋め立ててつくった場所。埋立地ということは、もともと遠浅な場所だったということです。なんと!たしかに形状的にも埋立地なんだけど長崎だから天然の良港だとばっかり思っていた。つまり、長崎といえど水深が深いところばかりじゃない、、か。で、オランダはポルトガル人が立ち去った後、この地を高い年間賃料で借りていたということらしいです。

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たしかに、もういまじゃ、出島の形もわからないほど埋め立てられた場所。よほど埋め立てに適した土地だったということか。まあいいや、よくわかった。つまり、オランダ人は桟橋横付けじゃなくてもいっこうに気にしないということか。

復元されてきれいになった出島公園にはいると、いろんなものがいっぱい。

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もちろん、カピタンの館もある。しかも、インドネシア人の従者もいっぱい。

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オランダ東インド会社から、直接オランダ植民地となったインドネシアと違い、ここではオランダ東インド会社が頑張る。

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カピタンの屋敷は大きい(といっても出島が小さいから敷地は大きくない)。

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商館の生活とかいろいろと面白かったですが、関心の中心は、「ジュパラではオランダ商館はこうだったけど、出島のオランダ商館はどうだったんだろう」というものだったので、ちょっとそっちに偏り気味。

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出島で長崎名物のミルクシェイクを頂きました。これは、、食べ物ですね、、飲み物じゃない。

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出島は面白かったです。とくに、スマランやジュパラといったインドネシアのオランダ商館を見た後で、その比較というのもあったけど興味は尽きません。

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2019年10月17日

Kinmokusei in Japan 金木犀の咲く、、10月半ば。なんと、、、言って良いものやら

Kinmokusei blooms, but around 10 days later than usual year.

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一時帰国中です。今回は長いので、日本についてもう2週間。これから後 数日でまたインドネシアに帰ります。
10月初旬は、私のいままでの歴史でいろんなことがあった時期。最初の海外生活に出発したのが10月1日。まだ二十歳でした。それに、父が亡くなって急遽帰国したのもこの時期。その他にも、ほんとうにいろんなことがあったけど(例えば大昔失恋したのか?)、どれも金木犀の香りと強烈に結びついていて、金木犀の香りを嗅ぐと記憶が蘇り悶絶しそうになる。

でも、いままで金木犀の香りとは出会わず、どうしてだろうと思ってたけど、やっと昨日から金木犀が家の周りで満開。いつもの年より10日は遅いです。私は、過去の思い出があるから毎年金木犀の花が咲くのはちゃんと覚えているのだ。

これも、地球温暖化かもしれない。。。こうなってくると、記憶と香りが乖離してくるということか、、それは、避けねば。

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