The Redang Telegraph

2020年09月30日

Motorcycle again 再びバイクに乗り出す。ただし、今は検定試験受験で乗るどころではないけど

Riding a motorcycle again

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また、バイクに乗り出しました。4代目ハーレーです。
中古車購入。こんどは小さ目のスポーツスター。これまでに乗ったことがあるサイズなので違和感はないけど、あるとすれば、クラッチがミッドコントロールで、ふつうのバイクの位置。これまでは、ずっと、フォワードコントロールといって、足を前に投げ出すような姿勢と位置だったので、すごい違和感。

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ともあれ、おめでとう、、自分。

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ただし、いまは検定試験受験勉強で猛烈に忙しくて、乗る暇なんて一ミリもない、、悲しいけど、、

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来月になったら、少しは乗れると思う。でも、その時は寒そうだよね、、うーむ。寒さを押して乗るといういつものパターン。そういえば、日本で乗るとき、ほんとうにいつも寒い時期ばかりだったような気がします。

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がんばろう、、x100。 何を頑張るって? いや、もう、こうなったら、なんでもかんでも、、です。

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2020年09月29日

Irima River いりま川、私の住む町、入間町の名前の由来。東京難読地名にも選ばれてた

River runs through Irima cho

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「春の小川」という歌があります。春の小川はさらさらいくよ、岸のすみれやレンゲの花に、、という優しい歌でNHKが調べた「あなたが選ぶ日本のうた・ふるさとのうた」の堂々9位に入賞した名歌です。

、、が、春の小川のモデルになった渋谷の河骨川は、、いまは、もう、ありません。無くなったというより暗渠化されて下水道に転用されたからです。現在はきっと「下水道第xx号」というような名前なのでしょう。さびしいです。

その河骨川と似たような運命をたどった、いりまがわ。さいごのひと踏ん張りで全面暗渠化が、一部暗渠化で開放天井になっています。ただし今は後で書くけど外環道工事のため、合流地点近くは放水パイプ化中。

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我が町調布をながれる入間川は、いりまがわ、、と呼びます。一時期、難読のせいか、いるまがわ、と呼ばれたそうですが、いまは看板のとおり、いりまがわにもどっています。町名も、いりまちょう、、と呼び、東京の難読地名にあってびっくりしました。埼玉の入間郡と呼ばれる古来から有名な地域があって、そっちのほうと同じ漢字だし、多摩にあるし、混同されて、いるま、、と呼ばれやすいです。

きっと昔は、春の小川で歌われた風景があったのでしょうね。目を閉じてもあんまり想像できないです。でも、合流地点の野川がまだ自然を残しているので、そっちからイメージできるかな。合流点はここ。このあたりは、調布と狛江と世田谷が入り混じって複雑怪奇な市町村境となっています。昔は入間川と野川が境界になってすごくシンプルだったと思いますが、そのあとの野川改修(たぶん直線化)があって河川ルート変更。そうして取り残された市町村境が、まるでジグソーパズルのように川の両岸にちらばってる、、

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今は、外環道の工事がこの川の真下で進行中。ガルルンとかがこの下。なので、漏水防止で、工事がはいってる。放水ロというか入間川の野川合流点の水は、こちらに横からだしてる、、、

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昔はもっと長くて大きな川だったそうですが、野川の整備でルートが変わった時、旧いりま川のルートをそのまま使って、そちらを野川(新野川)と称したので、いりま川そのもののルートが本当に短くなってしまいました。いまのつつじが丘>狛江>世田谷>多摩川合流点の野川ルートはもともと、いりま川だったそうです。ちなみに、狛江駅前には「旧野川散歩道」というのがあって、もともとの野川の跡地が散歩道になっています。ふーむ、勉強になるなあ、、

、、ということで、この入間川、、いつの日か、春の小川の歌詞のような川にもどる日がくるといいですね、、、

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2020年09月28日

Kanji 江戸時代の識字率というのは基本、かなが書けるという程度。漢字教育が明治時代以降の試練だった。

 江戸時代の識字率が当時の世界平均からみると極めて高い!というのは聞いたことがあると思います。
でも、この識字には、基本漢字は含みません、、っていうのは、かなだけで文章が全部かけるからです。当時の庶民の学校であった寺子屋などでは、かなだけを習うのではなく漢字ももちろん習うのですが、数はそれほど多くありません。

 これに対して、当時の官僚、、たとえば奉行所の与力とかの書く報告書とかは漢字づくし。素読できたえた暗記力と漢字能力が教養の中心で、ともかくきちんとした漢字をいっぱいかけるほど偉い!とされていたので、庶民の仮名ベースの日本語力とは全然違います。漢字がいっぱいかけるということは、学習する時間をかけるということと同じこと、それにそれが許されるほどの経済力があるということ。

 こんなかんじで明治時代にはいると、、学制ができ国民がみんな小学校にいかなければならないようになったけど、いきなり庶民が漢字をバリバリかけるようにはなりません。四民平等とはいえ、学力で格差が生まれて、それが固定化されている江戸時代(、、うむ、令和が違うとはいいきれない)を引きずったままです。

 身分制度がなくなっても、学力差が格差社会をつくれば身分制度廃止など意味のないこと、、と考えた人の中から、「漢字自体、なくしてしまえ!ぜんぶ、仮名だ!」とか、「ローマ字にしてしまえ!かなも、漢字も、無しで四民が一から勝負だ!」という意見がでてきました。まあ、そういうこともあるかもしれません。福沢諭吉のように「まあまあ、漢字を全部無くすのも大変だから1000文字ぐらいにしては?」という折衷案もでてきて百花繚乱なのですが、学力エリート(学閥、門閥)が政治を占めているわけなので、自分の地位を脅かす門戸開放にはいい気がしません。

 ああだの、こうだの、いいながら学力格差をかかえながら明治、大正、昭和となり敗戦。
いろいろあったけど、こういう敗戦になったのは、社会格差が原因だった、、という総括になりました。226事件とか515事件とかの大義名分は、社会格差に対する蜂起みたいなことだったけど、当時のエリートは格差にはガン無視だったしね。

 敗戦になって、民主主義、、つまり、格差社会はあってはいけない!というスローガンで、またもや「日本語ローマ字化!」とかが再燃。つまり、そんだけ学力差=漢字識字差がひどくて、明治維新で変われなかった負の遺産としてダラダラとエリート好みに解釈されてきたということ。エリートは「俺様は学力がある!」というのが存在意義だもん、底辺がエリートに食い込む歯止めとして学力を見えざる障壁として使いたいところ。しかし、、敗戦。エリートの負けです。ご庶民の国としてバカにしていたアメリカに負けたのだし。漢字全廃論の勝利まであとわずか。

 それでも、「漢字全廃はやむなし。でも、いっきに漢字を無くしては読み書きにも困るので、必要最小限だけとりあえず使ってもいいとしない?」という折衷案がでて、まあ、それでもいいか、、とみんな思いました。そうしてできたのが「当用漢字表」。当用とは、「当面の間、これを使うますから、でも、永久じゃないですよ。当面ですからね、ちゃんと当用って書いてあります」としました、、、使用許可の漢字は2000字足らず。漢字が5万個あるというのですから、もう一気に領土喪失。漢字の敗北感が強いです。しかたありません、エリートの「閥」の解体です。民主主義なので、庶民もエリートに食い込ませなければなりません。

 しかし、ここからエリートの巻き返し。当用の文字を消して、漢字帝国の復活。日本国憲法が当用漢字で構成されていることを盾に、憲法は国民全員が読めなければいけない、、だから、漢字が必要なのだ!と憲法を盾に漢字の必要性を連呼。そうして昭和56年に「常用漢字表」制定。つまり、当面のあいだ使うからね、、といってたのが、常用!常に使うからね!になって、当用漢字表は廃止。字数は100字ぐらい増えました。

 そうして、平成22年の常用漢字の改正。前文を見る限り「まえの常用漢字は廃止しました。でも、新たな漢字表の名前を作ると、また五月蠅く言う人もでてくるというので、名前は引き継いで改定常用漢字ということにしようね」ということです。文字数は200字ぐらい増えました。まあ、これは漢字をつかう「目安」ということで、これ以外の漢字をつかってもいいけど、公官庁の公の文書はこれを守らないといけないよ、、ということです。

 現在、新聞ではだいたい4000字ぐらいの漢字が使われているそうです。だから、常用漢字の倍か、、。常用漢字は常に使うというけど、常用漢字の中には、滅多に見ることもない(もちろん使いもしない)漢字があります。が、日本国憲法に使われているかぎり削れません。日本の漢字は高校卒業レベルでは日本国憲法が全て読めなければならない!という前提があるからです。

 そういうことで、どれほど日本国憲法というのが重要視されてきたか!というこが分かります。今はすごくないがしろにされているけれど、世界中憲法というのはどこも「国是」で、「その国がある」という論理的証拠です。日本でも公務員は日本国憲法の順守を誓わないとなれません。。。が、本当にそういうもんだろうか?とか思う近頃です。

 常用漢字の数が2000字あまり。新聞で使われている漢字が4000字ぐらい。たぶん、これから常用漢字を増やせ!という議論もあると思うけれど、なにも増やす必要はないです。常用漢字表にない漢字を使いたければつかっても構わないってはっきり書いてあるのだから使えばいいのであって、この漢字が常用漢字表に入っているか入ってないか気にすることはないです。

 常用漢字は、江戸時代の漢字の正典、康熙字典の5万字弱、明治の「言海」が収録語数4万語、、、格差社会の是正のために削って、削って、削って、ようやく2000字あまりになったもので、民主主義の成果ともいえます。もちろん、5万字弱を全部書けといっても、もはや書ける人はほとんどいない世の中だけど、もう、増やしてはいけないと思う。無制限に増やすより、高校卒業までにはこれだけ覚えましょう!といって2000字余りをだされるほうが、漢字を覚える気になるし、モチベーション的にはいいと思う。

 ちなみに、常用漢字をすべて書くのは漢字検定2級です。合格率は21.4%です。私もこのブログで書いてますが、ジェッダ日本人学校でおこなわれた漢字検定2級(海外試験場は基本最上級は2級まで)を何度も受けてます。合格してまた翌年同じ級をうけるのだけど、毎年1か月ぐらいかけて勉強しなおさないと、前の年に合格したから、今年も合格するだろう、、なんてことはないです。

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2020年09月27日

Spider Lily 異名のたくさんあるヒガンバナ。人為的に植えないと広がらないという珍しい花

Spider Lily season

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最近涼しいなあ、、と思ったらいきなりヒガンバナが咲いているのに出会いました。
まさに、秋のお彼岸の日、当日。周囲には花が咲いてなくて、咲いているのはこの一本だけ。

でも、翌日にはそこら中に咲いている、、なんとも不思議。

この花を調べたら、染色体異常でタネができない花のようです。
あんなに、いっぱいあるのに??と思うけど、ヒガンバナは人為的に植えないと広がらないのが特徴らしいです。で、山地に自生とかはしてなくて、もし山地に自生しているのをみたら、昔そこには村落があったとか、墓地があった、、という名残を示す証拠になるそうです。

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ニンニクのような鱗茎にアルカロイド毒があって、食べたら大変なことになる、、というのを生かして?モグラ除け、ネズミ除けとして家近くに持ち込み、田んぼのあぜ道にもこういった害獣除去の目的で植えられたそうです。モグラが畦に穴をあけると大変だもんね。

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縄文弥生の時代から稲とともに伝わってきたらしいですが、それから、ずーーーーーーっと、人とともに暮らしている花。
なんか、ものすごく不思議な気がします。
独特の花の形もそうだし、なんか、むかしから訴えるものがありそう。

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2020年09月24日

東京で一番有名なはずの時計台 三権分立の塔。ないがしろにされている今、見てみたい昔の人の思い

the separation of legal, administrative, and judicial powers 

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憲政記念館の庭。旧井伊家上屋敷、、には、日の丸モチーフの立派な時計台が立っています。
建設当時は当時の建設基準最高の高さということですので、日本一高い建物だったということか?

札幌の時計台は知られていても、こんなにきれいな東京の時計台が知られてないのは、どういうこと?これは、本当に記念的建造物なのに、、もはや、三権分立というのもないがしろにされて、日本国憲法もないがしろにされて、その象徴である時計台も忘れ去られて、、、すごく悲しい。

つくられた当時は、そうとうな気合がはいってました。しかも、建設費用は本館もふくめてすべて寄付による浄財です。
国民の、三権分立にかける意気込み、憲法にかける思い、、が、伝わろうというものですが、、、ほとんど、記憶の彼方ですね、、、

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ワシントンにあるナショナルモールを彷彿させる、塔と池。
もっと、名所になればいいのに、、、

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Short Hand Writing 速記、、うーむ、将来性はどうなのだろう。

Short hand writing for future

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わたしの小学生のころ、資格や特技というと書道、そろばん、、とか定番でした。
もう、遠い昔のように思えますね。

そんななか、資格や特技の勉強のひとつに「速記術」があって、ああ、それができたら先生が話していることが黒板の板書を待たずに書けるし、とっても便利なんだろうなあ、、とか思ってたし、そこそこ人気はあったと思います。

時代は変わって、先生が黒板に板書、、どころか、パワーポイントを使ってZoomで授業。なんなら、授業をそのまま録画できるという時代、、になってしまって、、速記、、という言葉自体、なんか遠い過去の言葉ですっかり忘れてしまいました。

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、、でも、憲政記念館でとつぜん、衆議院速記学校の記事を読んで、、思いだした、そういえば、そういうのあった。

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2006年で閉校。誰もが考えるとおり、デジタル技術の進歩によって、この技術を応用する場が少なくなったことによります。

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だから、憲政記念館という博物館の仲間入り。
ただ、どこもかしこも速記術が不要になったわけでもなく、いまでも必要とされる状況は少なからずあるし、誰だって速記ができればいいな、、って今だって思ってると、、おもう、、たぶん。

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2020年09月21日

The Origin point of National Ground Level 日本水準原点、、この重要文化財は「大日本帝国」という国号が彫ってある

National Ground Level

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国会議事堂前には前庭があって、かなり規模が小さいながら米ワシントンDCの議事堂前のNational Mall風になっています。
洋風前庭といわれるほうに、憲政記念館があって、、

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、、とーっても静かできれいな洋風庭園です。旧井伊家の上屋敷跡で、桜田門外の変の当日、井伊大老がここから出発したところ。歴史的にも重要な場所です。ここにあるのは、、、日本水準原点。

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説明は、この石碑に彫ってあるとおりです。そして、この水準原点が治められている建物

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、、もちろん、これも石碑に書いてあるとおり、重要文化財です。つい、去年、なったばかりの、ホヤホヤの文化財です。まあ、それはおいといて、この石碑に書いてないこと。。。それは、

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妻側の破風に、「大日本帝国」という国号が刻まれていること。しかも、国号の両側には十六一重表菊の紋。おお、皇室の紋!の省略形です。皇室の代表紋は、十六八重表菊。刻まれている菊は、一重で八重じゃないです。パスポートの菊と同じく、一重です。
、、うーむ、なんで、石碑には説明がないのか、、昔の国号を書いたらまずい?まあいいけど、、、

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この昔の国号がついている、しかも現在も使われている国の施設というのは非常にレア。たぶん、誰かがそれに気がついて、取り壊されないように、去年のうちに重文にしてしまった、、というシナリオがあったと思います。

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それは置いといて、さすが重文。きれいな建物。この扉の奥に水準原点があります。

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でも、どうして、こんな高台が水準原点なのかよくわかりません。低地だと地盤沈下の恐れがあるからかなあ、、このあたり、昔は海だった、、とかっていっぱいあるからね。

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2020年09月20日

9月16日その日!国会限定土産、、国会議事堂見学のおみやげは、これ?

Japanese National Diet

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たまたまだけど、9月16日に国会議事堂見学に行き、お土産屋さんでは、、なんと、こんな土産が売ってた。え?まだ総理になってないよ!え、なった?何時に?いつ?とか、、、という時間帯。すでにお土産屋さんでは、先行販売。今はコロナでお客さんが少ないだろうから、こういうタイムリーな商品にしとけば売れると思う。

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他になにがあるかと思えば、、

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、、えーっと、つっこみたいけど、まあ、いいや。
でも、こっちはつっこみたいなあ

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マジですか?こんなもの国会土産で売ってるのですか?昔、オウムが「はるまげ丼」なる丼ぶりものをレストランに出してたけど、あれに匹敵するインパクトでした。国会議員がこれを公務員に配って回るのを想像すると、、いや、考えまい。

ほかには、なんとなく、あるよねーーというおみやげ

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私はコーヒーを買いました。議員が飲んでいるコーヒーとはどんな味なんだろう。
興味津々

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永田町1丁目1番地には、いろいろ面白いものがあります。
警備も厳重で、治安は最高にいいし、町がとってもきれい、清潔。緑もよく手入れされているし、散歩には最適だと思う。ただし、おしゃれ度には欠けます。

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September leaves 9月の野の花 @ Japan

Fall season

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もう、九月も半ば過ぎ。道を歩いてると、強烈に甘い匂い。まるで、クチナシのよう。探すと、、
この白い花。

もうじきキンモクセイも咲きだすことだし、一気に秋の風情が高まりますね。

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ものすごく暑かった夏も、これで終わりなのかなあ

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朝晩は涼しいけど、まだまだ暑い日もあるって天気予報でいってた。

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もうすぐ、10月か、、そんなになるかあ、、

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2020年09月13日

a book which I wanted to read 30 years ago. できる人が先生になるのではなく、教えられる人が先生になるべき、ということ

Title as "Communication with foreigners"

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1980年代のはじめ、、私はアラビア語を勉強している若者でした。
アラビア語の授業のほかに、国際関係論とか民俗学とか、いろんな授業もあったのだけど、あんまり覚えていません。もちろん、スキャンして保存している「成績証明書」を見れば履修した学科が点数と一緒に書いてあるから即わかるのだけど、全然読みたいとも思わないので、、いいです。

いま、教育実習をしていてわかることが2つ。
ひとつは、強烈に実感しているのだけど、アラビア語を教える講師は、「アラビア語が堪能である」ということ以外、教育法について勉強していたと思えるふしが全くなかったこと。もちろん、アラビア語ができなければ論外だけど、できればいいというものではない。それが、日本語ができるからといって、イコール日本語教師にはなれないことと同じ。いまは、教育心理学、教育社会学、音声学、うへーえ、、というほど勉強をして、やっと「人に教えるということはこういうことなのか」とわかってきました。一昨日は、テストの作り方、評価の方法とか、学生は何気なく「テストが嫌い!」とか言っているが、テストをつくる教師の身にもなってくれ、何日かけてこのテストを作ったと思う?出題範囲から厳選して、難しからず易からず、設問の意味が取り違えのないように気を付けて、、、、ああ、ほんとーーーに、しんどい。

でも、40年前、私のアラビア語の先生たちは無頓着だった。教授法、、これが行動心理学に根付いたオーディオリンガル法だ、とか、第二言語習得に関するさまざまな論文とか、全然読んだこともなかったと思う。たしか、言語学で馳名のミシガン大学のアラビア語教本をそのまま日本語にしたような本を、適当に読んで、文法授業とし、あとは古典的な訳読法だけだった。1980年代には、第二言語習得理論はひととおり出そろって、効果的な学習方法がわかっていた、、、にもかかわらず、、だ。おそらく1950-1960年代に学んだ教師は、自分たちが教わった訳読法をそのまんま、百年一日のように繰り返してただけなんだろう。

それにもう一つ。
このあいだ、テスト勉強をしていたら、「外国人とのコミュニケーション」(JVネトウスプニー著)は必読ということで図書館から借りて読んだら、、、本当に、必読だった。奥付を読んだら1982年に一刷目って書いてある。はて、この本が勧められたことってあったっけ?そもそも、学校の図書館にあったっけ?当時の私は濫読家で、そうとう読んだけど、この本は読んだ覚えはないなあ。
まあ、もういちど読み直して、、、うーむ、当時の私にはこの本の良さが理解できたかどうか疑問。今になって、「ふむふむ、そうだよなあ」って思うけど、40年前の自分はそうとうなバカで(今も違うとはいえないけど)、猫に小判だったかもしれない。

、、ということで、教育実習という、ことしの初めには想像もつかなかったことを(コロナの余波として)してるんだけど、学校の先生って、ほんとうに一生勉強だと思う。年々新しい教育理論が生まれ、取捨選択し、時世のとりのこされず、、、ですね。でなきゃ、私が学んだアラビア語の先生たち(東京外大の教授とかだから、そうとう偉いはずなんだけど)が、ただ、外国語ができる、、というだけで、教育理論、教授法、心理学、評価に関してほぼ無知だったことの二の舞になりかねないです。

ただ、できる、、というテクニックだけの人は先生になるべきではないと思う。
教えられる人が、先生になるべきだよね。


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