The Redang Telegraph

2009年05月24日

無関心

無関心は恐いです。
だいたいの無関心は、「なんとなく、そう思う」か「みんながそんなこと言っている」というので十分だと思うからです。

ニートは、  …親へのパラサイト。甘えている
フリーターは、…いい加減、計画性無し
派遣切りは、 …契約なんだから当然のこと
ひきこもりは、…社会の癌
鬱は、    …がんばりが足りない
ホームレスは、…人間のクズ
ワーキングプアは、…チャンスを生かしてない
外国人は、  …日本の敵

あー、これ以上書いていたら気分が悪くなるほどの無知蒙昧が世間に氾濫しています。それもこれも、適当に思っているだけで、本当は無関心そのものです。無関心だから調べようという気もおこりません。
ネットを読めばどっかで聞いた事があるようなことを、理解してなくて口に出しているだけです。

以前であれば、「関心がないから知らない」と言っていたのが有り余る情報量のおかげで、「関心はないけど聞いたことがある」から「知っているつもりになる」に変わり、更に「関心がある気がする」となっています。

世の中は広いです。無関心な領域があるのはあたりまえです。でも、無関心であることを表明したが最後、情報ネットワークからはじき出されたような気になるので適当にごまかしているだけです。そして、ごまかしは自信の無さの裏返しで攻撃的になります。

「無知の知」こそ自信のあらわれです。
私は、無関心の領域は無関心であること、或いは「知らない」とはっきりいえる人になりたいです。

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