The Redang Telegraph

2009年09月16日

進歩が無いことを伝統と呼ぶケース 2

進歩せずに怠慢を「伝統」と呼び変えて滅んでいくケースは、老舗と呼ばれる商店の倒産に良く見られます。Webの相談でこういうトピックをいくつも見ました。大体は「のれんと古い顧客の反応にしがみついて、時代の流れに対応できなかったほうが悪い。ビジネスである以上、社会の変革と人々の意識の変化についていかなければ、倒産は当然。経営者の営業能力の欠如である」という回答に落ち着きます。

この回答に異を唱える人は少ないと思います。
同じく、水産業は末端漁業従事者、漁協、あらゆる階層でビジネスにも係わらず、時代の流れに対応できているケースは少ないです。商店と漁業にビジネスとしての違いはありません。

にもかかわらず、これまでの政府と官僚組織が集票を期待して手厚い保護を行なった結果甘えています。違う!甘えてない、漁業の現実は厳しいという人がいれば、一般商店や工務店経営にいったいお役所がどんな保護をしているか比べてみてください。同じトピックで一次産業従事者であった場合、同じく「廃業(倒産)も当然」といった回答をすれば、訳わからない人?が無闇に攻撃してくる可能性もあります。同じ一次産業でも農業、漁業に比べて林業には保護が薄いという産業内格差もありますが、これは就労者数=票田というわかりやすい構造があるからです。

これまでの因循政治の地方票確保の「伝統」です。ひとりの人間として、農民が工員より勝っているわけではありません。互いに基本的人権でまもられた平等な市民であり、納税者であります。にもかかわらず、製造業の工員は、農民・漁民への保護にくらべて恐ろしく雑に扱われていることは明白です。これも徹底した政府による「士農工商」の市民への意識刷り込みの伝統でしょう。

おかげで産地偽装した水産加工業者(商人)への風当たりが強くても、産地偽造を幇助した漁民はスルーです。こんなもんです。
「職業差別」による一方ばかりの支援は法の下の平等をうたった憲法違反である可能性もあります。

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