The Redang Telegraph

2011年03月17日

札付き福島第一原発の事故の多さ!

この記事での私のスタンスは、計画中の原発建設をとめること(特に上関原発を念頭に置いています)。そして、現在稼働中の原発を順次廃止して、小規模ネットワーク型の新エネルギーに切り替えること。
福島原発で何があったのか見ることで、原発の恐ろしさを思い知り、将来の私達とその子孫が安全を享受できる社会をつくりたいと思っています。

上関原発については、
みんなの力で中国電力の「上関原発建設計画」を白紙撤回させよう!
http://stop-kaminoseki.net/

山口県知事、上関原発の工事中断を要請
http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C93819890E3E6E2E28B8DE3E6E2E1E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2

いま、このとき、多くの人の視線が原発に向けられているときこそ、廃止の声を高く上げないと、これまで同様、漏洩事故・データ改ざん後と同様、また無関心の日常にもどってしまいます。

*****

国会答弁では興味深いものをいろいろ見つけられます。
下田さんの来歴はWikiで見られます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E7%94%B0%E4%BA%AC%E5%AD%90


読んでわかったのは、もともと福島第一原発というのは、トラブルメーカーだということです。これは、、、これじゃあ、天災じゃないです、人災です。5千ミリシーベルトで人力作業?ここには<ミリ>しかでてきません。

下請け作業員にこんなことやらせておいて、今、東電社員もよくやっているとか、ガンバレとか言われて、、実際の作業は、今も他社作業員だと思います。ちいさな下請け会社で原発の試練を受けている彼らにこそ安全に頑張ってほしいです。


国会議事録です。
昔はミリレムという単位で被曝量をあらわしていました。1ミリレムは1ミリシーベルトだそうです。http://www.ny.us.emb-japan.go.jp/jp/j4/01.html


[037/053] 91 - 参 - 予算委員会第二分科会 - 2号
昭和55年03月31日

○下田京子君 昨年の三月十八日にスリーマイル島で史上最大の事故と言われる原発事故がありまして、ちょうど一年になりました。
いま大臣も御承知のようだと思うんですけれども、原子力行政のあり方をめぐってあらゆる角度から、あらゆる面からの見直し等もいろいろ出ていることも御承知のことと思うんですけれども、そういう中で私の住んでおります福島県の場合には、東京電力の第一原発、そしていま第二原発と建設も進めて、福井県の若狭湾に次いで原発銀座などというふうな言葉で言われているような状態、これまた御承知のことと思うんです。
そこで、私最初にお尋ねしたいことは、この福島原発に働いていらっしゃる労働者の実態がどうなのかという点であります。(後略)

(中略、、話は福島第一原発一号機のトラブルの多さに話が移る

○下田京子君 四十二件のうち、いま言うように一号機が非常に多いと。これは一号機の場合には、軽水炉の関係で、いろいろまた問題の多い点でもあるんですけれども、私はここで確認したいことがあるんです。先ほどのエネルギー庁の資料によりましても、五十三年――四十五年からずっとありますけれども、五十三年の場合に、「実用発電用原子炉施設における被曝実績」というのがございます。これを見ましたら、特に東京電力の福島第一原子力発電所の場合には、お一人平均の被曝線量が七百十ミリレムということで、全国の中で一番多いのですね。これはやっぱり事故との関係が相関をしてあるんだなというふうに私、思いましたのですけれども、この認識は間違いございませんね。

○下田京子君 直接、事故だけではないということでもって、いま二つ、言ってみれば御指摘になりましたね、給水スパージャーの問題やら何やら出ましたけれども、実際には定検との関係も含めて、それだけ被曝線量が全国の中でも多いということは事実であると思うのです。そういう中で、非常に最近マスコミが福島原発の問題を報道されております。御承知だと思うのですけれども、「危機にある下請労働者」、こういうのもございますし、あるいは「放射能蒸気が全身に」、こういうのもございます。あるいは「下請け労働者は語る」ということでもって、この中には、「すぐに振り切れる線量計」あるいは「労災隠しに事故内密処理」、「「原発病だ」と言い残す死者」だとか、大変どきっとするような事実が次々と新聞で報道されております。

以下申し上げますと、たくさんあるわけなんですけれども、こういうマスコミの報道を見まして私も非常に驚きました。そうして実際に、この労働者の皆さん方にもお会いしました。特に福島の場合には、第二原発の建設取り消しのための訴訟がいま行われております。その訴訟の弁護団の団長であります大学一さんという弁護士さんにもお会いしたり、あるいは地元の科学者会議の方々にもお会いしました。さっきも申しましたように、直接労働者やあるいは遺族の方にも会いました。なかなか口が固いと言われていたその方々から、次々と報告を受けまして私非常に実はいまショックなんであります。

大臣、ちょっといまこの資料をお見せしたいんですけれども、この方は五十三年の五月三十一日に死亡されたAさんという方です。名前は伏せてくれ、それからどこに働いていたかという会社名は言わないでくれと、これが遺族の方々の私に対するお願いなので、大臣これ見ればお名前わかりますが、名前は見なかったことにして、ちょっと目を通してほしいんです。(資料を示す)大臣にいまごらんいただいておりますけれども、その方はいまもうすでに五十六歳十一カ月で生涯を閉じております。

ただ、その方が大臣ごらんのように毎日の被曝線量であるとかあるいはお給料票であるとかをずっと張りつけられておりました。その方は入社したのが四十七年の六月一日なんです。退職されたのが五十一年の二月二十五日、勤めた期間は三年と九カ月ですね。そのときの基本給が六万三千円です。退職金は、会社都合ということなんですけれども、十一万三千百円です、こらんのとおり。そういうことで一たんおやめになりました方が、今度は嘱託ということでもって五十一年六月二十五日から五十二年の八月十二日まで勤めております。五十二年の八月十二日時点でやめられたんですが、それは、なぜ仕事をやめたかといいますと、この方は実は血尿が出まして膀胱がんという診断をその日にすぐ医者から申し渡されました。死亡したときには骨髄がんという診断書でありました。この方がまだお元気だったときに、たまたま地元の科学者会議の方々がお会いしてお話聞いているんです。ちょっと長いんですけれども、事情がよくわかりますので、お読みしたいと思います。

 お仕事ですけれども、四十七年から原発B区域の清掃業務に従事。原発にはA、B、Cの区域があり、B、Cが放射能管理区域となっている。清掃業務では一、二、三号機いずれも炉内に入り、炉心いわゆるトーラス内にも入った。作業はタンク清掃、フィルターの交換清掃、ピット清掃、黒いどろどろしたかたまりなんかを除去する。放射性の廃棄物、汚染した作業衣や清掃に用いたウエス、中で使用したものの包装や修理に用いた部品を鉄のドラムかんに――ステンレスではないとわざわざ断っていますが、コンクリート容器を入れて、その中に廃棄物を入れ、ふたをしてバンドを締めて貯蔵庫の持っていく。

炉内に入るときには特別の服を着るそうです。木綿の上下つながった服、フードつきを着用、マスクをしてフィルムバッジをして。タービン室、コンデンサーなどのところが多かった。さらに上から水をかぶるようなときもあるので、そのときにはPVC製のコートを着る。手はゴム手袋の上に軍手をして、そして服との間にテープを張ってすき間をなくしておく。入るとすぐアラームメーターが鳴り、一日に三十ミリが限度とされているけれども、メーターが鳴るとすぐ出なければならないけれども、五分や十分では仕事にならぬということでもって仕事を続けることがある。普通の場合には十ミリから五ミリレムのことが多かったけれども、ときにはアラームメーターが鳴ったからといってもすぐ出られないこともあり、四十、五十を浴びたこともある。こういう作業を五十二年の七月までやった。八月にぐあいが悪くなって、会社指定のある病院で健康診断を受けて、線量記録も渡された。線量記録の中に、普通の日は百七十から百八十ミリレムぐらいであるけれども――これは外部被曝です。作業内容によっては、ときには三百から四百ミリレムぐらいもあることがある。四百五十になると限度ということでストップされる。これは後で遺族の方がそういうお話を奥様にお話ししていたということでした。

 それからいろいろあるんですけれども、この方は、私がこういう体になったことに放射能の影響があったかどうかはわからない、放射能を浴びるとどうなるかということがわからないことが一番困る。被曝手帳は見たことがない。被曝手帳というのは線量の記録手帳だと思います。会社で保管しているでしょう。もちろん見せろと言えば見せなければならないはずです。体を悪くして休んだときの補償は失業保険でこれは給料の六割出る。また障害者になれば障害年金があるはず。歩行困難ということになればかなり出るだろう。労災の方はなかなかむずかしい。けがをしても会社では内々に処理してしまうことが多い。何しろ労災になると会社の責任になって大変ですから、いま思えば、作業は余りがまんしないで何かあったらすぐ医者に診てもらうというふうにしておいた方がよかった、何しろ体の方が大事ですから。

 それからまた内部被曝もはかったことがある。入って二年ぐらいのときである。東電の施設ではかった。フィルター清掃の後で五千八百ミリレムあったと思う。普通の人は三千五百から三千八百ぐらいだから、かなりあったわけだ。内部被曝はすぐ減る人となかなか減らない人がいるんですね、どうしてでしょうか。

 こんなことを生前話されたんですね。とにかく遺族の方々は、本人がお亡くなりになる直前に会社に迷惑がかかるようなことをするなと言って亡くなったというのです。そんなことを見ると、何となく本人が自分の体が原発で働いていたことと関係があるんではないかというふうに感じていたんではなかろうか、あるいはそんなことも含めて自分の体を心配してそういうきめ細かなものをきちんと保管していたんではなかろうかと、こうも言っているのです。
 ただ、いずれにしましても、いま時点では内部被曝、外部被曝も含めて、そういったことについて父親が亡くなったという点で、必ずしも原発との関係が定かでないために、何とも申しようがない、やがてそういうことが歴史的に判明した時点では何らかの手段をとりたい、こういうふうなお話をしておりました。ちなみに、御親戚の方々の中で父親が七十五歳まで長生きされたし、母親は九十三歳まで生きたんだと。だから、これははっきりされていないけれども、原発で働かなかったらなという気持ちもあるんだと、こんなお話も聞いたわけです。私は、事実がどうこうということではなくて、こういうことについて大臣がどんなお気持ちなのかという点でひとつ感想をお聞かせいただきたいと思います。

(中略、、だらだらした返答)

○下田京子君 結構です。その方はおやめになるまでの集積量はわからないのですけれども、記録によりますと十一レムほどになっております。

(後略マイクロでもミリでもない、レムそのものの単位がでてきました。 以下、福島第一原発の延々と興味深い話がつづきます。国会議事録より、下のURLから入れます)
http://kokkai.ndl.go.jp/cgi-bin/KENSAKU/swk_dispdoc.cgi?SESSION=7047&SAVED_RID=5&PAGE=0&POS=0&TOTAL=0&SRV_ID=5&DOC_ID=3015&DPAGE=2&DTOTAL=53&DPOS=37&SORT_DIR=1&SORT_TYPE=0&MODE=1&DMY=10611


ふと、思うと、事故がつまった非情な福島第一原発を、ようやく停止させることができたのは人智ではなかったという事実です。二重にも三重にも残念です。


この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック