The Redang Telegraph

2012年08月06日

なんと餃子の起源に迫る!

サウジの郷土料理マントー、、については先日写真付きの記事にしたわけですが、日本人のイメージする

マントー = 饅頭

とはかなり違います。中国の饅頭にちかいのは「肉まん」。でも、サウジのマントーに近いのは「餃子」

さっそく調べると、まず韓国のマンドゥ!これが餃子系、、つまりサウジのマントーと同じものです。名前も近いし、モノも近いし、中国の饅頭はおいといて、まず韓国のマンドゥからスタート。

ほとんどWiki情報なのであやしいかもしれませんが、、、韓国の屋台でみる餃子型マンドゥはモンゴル軍の侵攻によってもたらされた料理という説がありました。それで、韓国からモンゴルにマントーを追っかけていきます。

モンゴルに着くと、そこは英語の世界。名前もマンティになっています。
http://en.wikipedia.org/wiki/Manti_(dumpling)

アルメニア、トルコ、カザフスタン、コーカサス諸国、モンゴル、中国東北部、、に、名前が微妙に違うながらもだいたいマンティで同じものが広がっているようです。派生系はマントー、バオズィ(包子)、マンドゥ、モモという名前で東アジアに広がったとあります!おお、ついにマントーが出現。ちなみにバオズィは中国、マンドゥは韓国、モモはネパールです。じゃあ、なんで日本だけギョウザなんだろう、、という気がします、が、ま、いっか。

map_as[1].gif

マントーの旅は、韓国からモンゴルを通ってトルコまで来ました。ジェッダまであと一歩。もともと、マントーというかマンティは小麦粉がとれたメソポタミアが起源という説があるようです。確かに小麦粉が取れない地方ではいかんともしがたいものではあります。

では?イラク(メソポタミア)から、トルコ・中央アジア経由(カザフスタン、キルギスタン、アゼルバイジャン、タジキスタン、アフガニスタン)、韓国・日本にたどり着いたわけ?とうぜん、この東回りだけじゃなくて西回りもあっただろうから、サウジもじわじわ食文化西回りか、韓国と同様でいきなりモンゴル軍の侵攻にあわせて伝わった可能性もあるわけです。

ただ英語のWikiだと、トルコにはモンゴル軍の遠征(チムール朝頃)で伝わったとありますから、どうやらモンゴル起源で、一部は中国から韓国に到達して、一部はモンゴル軍の西進と連動してサウジまで来たと考えるほうが良いような気がします。

ともあれ、北緯40度あたりをきれいに東進、西進したようですね、、

006[1].gif

むむむ?ふたつの説を足して2で割ると、、小麦がイラクで取れて、小麦料理文化も同心円状に広がった、、そのなかでマントーに似た料理は幾種類もあっただろうけど、なんといってもモンゴルの世界征服によって「モンゴルのマンティ」が力技で征服地域を席捲した!ということになるのかな。

ジェッダには、中央アジアや東アラブ国々から巡礼で来た人たちが伝えた、、というのでいいかな。
これで、日本のギョウザが、なぜサウジでマントーという名で売られているのか、、という説明でした。


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