The Redang Telegraph

2012年09月17日

さて、八幡をかたろう 1

東北が地図で見たらわかるとおり日本海側の県と太平洋側の県で完全に分かれてます。日本海と太平洋の両側にまたがっているのは青森県だけ。「陸奥文化圏」と「出羽文化圏」で、奥羽山脈で、くっきり!出羽は2カ国に分けられ「両羽」、陸奥は3カ国に分けられ「三陸」となりました。

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中国地方は日本海側と瀬戸内海側で、そらーもー全然違う。住んでいる人も、お互いが全然違うと思ってます。中国地方に含まれないけど、瀬戸内海と日本海の両方に面している兵庫県の人は「私は兵庫県民です」とは普通には使わず、「私は神戸出身です」「私は姫路出身です」「淡路島の出身です」その他、豊岡、尼崎、赤穂、、いろんなバリエーションがあって県内といえど同じとは思ってないぐらいです。全然違う地方をむりやり一緒にさせられた、かわいそうな県です。

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しっかし、私の生まれた福岡県も筑前・筑後と豊前が一緒になった県で、その内実は兵庫県とわりと似てます。九州も東北や中国と同じく、九州山地をはさんで西と東でくっきり分かれ、東が豊(豊前・豊後)と日向。西が筑紫(筑前・筑後)と肥(肥前・肥後)。他はだいたい旧国と一緒なのに、しかし、福岡だけ妙に一緒にさせられてしまった。

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ちなみに鹿児島は島津家が東西に分かれていた薩摩と大隅を一括管理していたので、2カ国分で一つの県。これは、その上の中国地方の山口県をみると同じです。南北分かれていた長門と周防を毛利家が一括管理していたので2カ国で一つの県。明治維新のときにいいとこどりしたわけですね。

そんなわけで、福岡県の人がみんな博多弁を喋っているわけではない。九州東側は豊日方言で特に豊は東京と同じアクセントなので自分達は標準語を喋っていると思ってます(まあ思い込みだけど)。西側は筑肥方言で、それはそれは東側の人がきくと「すっごい、何喋っているか全然わからん」ということになります。

下が現在の福岡県での地方分類「北九州地方」。大体、旧豊前と同じだけど、田川が筑豊に入れられてしまっている。そして北九州市の西半分とさらに西の地域は旧筑前に含まれる。

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豊前出身の有名人といえば、平民社などで知られる堺利彦。
Wikiによると(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E5%89%8D%E5%9B%BD
(引用はじめ)「豊前豊津出身の堺利彦はその自伝の中で、「筑前、筑後、豊前の三国が福岡県を成しているのだが、私は福岡県人と呼ばれることがあまり嬉しくなかった。何だか筑前の附属になったような気持のするのが少し厭だった。福岡県というものは、私に取って、故郷でない。故郷はただ豊前ばかりである。私はどこまでも、豊前人でありたい。ただし豊前の中でも、北部の六郡の元小倉領だけに親しみがある。」と記している。」(引用おわり)

あーー、よくわかる。いまでも小倉の人は博多の人と張り合うのが普通だからね。
しっかし、八幡は微妙。なぜなら、完全に豊前文化圏なのに、旧国は筑前なのだから。いわゆる、福岡版アルザス・ロレーヌ地方(笑)


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