The Redang Telegraph

2012年11月22日

預言者ムハンマドの母 アーミナ

キリスト教では一部マリア信仰まであるぐらい欠かせない存在みたいです。それに引き換えイスラームの預言者ムハンマドの母アーミナは存在感があまりありません。

もっとも、ムハンマドの父アブドッラは、ムハンマドが生まれる数ヶ月前に旅行先で亡くなり、母アーミナも6歳頃に亡くしてしまいますから存在感が薄いのも仕方ないでしょう。両親を亡くした後、祖父や叔父を頼りに生きていきますが、孤児であったということがムハンマドの人生に影響を与えたのは良く知られたことです。

で、、お母さんのアーミナの最期ですが、ムハンマドが6歳の時、夫のアブドッラが亡くなったヤスリブ(今のマディーナ)にメッカから行き、夫の墓参りをし、ヤスリブに住む親戚のもとにひと月ほど滞在して、メッカに向けて帰路に立ちます。しかし、アブワーで病気にかかり客死してしまいます。結局ムハンマドは同行していた女召使につれられてメッカに戻りました。

昨日、砂漠の洪水の記事を整理していたら、洪水はマストーラよりアブワーの被害が大きかったことがわかりました。アブワー、、、アブワー、、記憶のひっかかりから預言者ムハンマドの母の最期の地であったことを思い出しました。なんと、すぐ近くじゃないか。

まずは地図でおさらい。ここです。マディーナ山塊から海岸沿いに下りてくる途中です。バドルほど遠回りはせず、むしろ当時のマディーナ=メッカ間の最短距離のようなルートです。

20121121 abwa.jpg

ちなみにアブワーはわりと大きな農業中心のオアシス都市です。行ってきましたが、今は海岸沿いが石油化学産業で賑わっているせいかパッとしませんが、おそらく現代以前はこの一帯の中心といっても大げさでないほどの規模だったと思います。今回洪水で襲われたことからみてのとおり、もともと水が豊富な場所です。

20121121 abwa 030.jpg

またもやバージョンアップしたハーレー号。今日は4リットル横抱きにして出かけます。洪水に襲われたところだし、ガソリンステーションが開いてない可能性もあるし、、

20121121 abwa 019.jpg

マストーラの高速出口を山側にどんどんすすみます。とってもバイク好きが喜びそうな道です。

20121121 abwa 032.jpg

えーーっとこのへんじゃなかったっけ。ここは墓地です。白いのは墓標です。でも写真だと山の上だったような、、、

20121121 abwa 034.jpg

どうしてそんなことがわかるかというと、グーグルマップ先生と、オンライン上の情報と、ギャラクシーのナビ機能のおかげです。今回は全く行ったこともなく場所を知っている人もいない中を文明の利器を駆使して、お墓を探すという試みです。座標はありません。あるのは以前に訪れた人が撮った写真だけです。これを頭に叩き込んできました。

ビンゴ!道路から墓が見えました。ひときわでかい墓標、、というか白い柱

IMG_7445.JPG

ズームで寄ると山だけ。

IMG_7446.JPG

引くと、どこだかさっぱりわからない。

IMG_7448.JPG

微妙な位置です。

IMG_7450.JPG

20121121 abwa 036.jpg

近くには寄れません。あの山の上まで上がった人もいるようですが、そこまでして、、という気がしてやめました。バイクを道路のそばにおきっぱなしにする気もしなかったし。

アブワーについて、英語のWikiページがありました。
http://en.wikipedia.org/wiki/Al-Abwa
これによると、アブワーは、
1 「バドルの戦い」の前に預言者ムハンマドが立ち寄った。
2 アブースフヤーンがここでイスラームに改宗した。
3 預言者の子孫であるシーア派のイマームがここで生まれた。
、、というらしいです。ま、おっきな町で昔からいろいろあったということですね。しかし、アーミナがここで亡くなったということが書いてないのは手落ちだと思います。

お墓を見たあと、アブワーの洪水の跡を見ましたが、それは「砂漠の洪水」タイトルで記事にします。この世のものとは思えなかったです。土地の人も、この50年間にはなかったという記録に残る惨状です。

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック