The Redang Telegraph

2013年06月08日

アジュミー族長

現在サウジアラビア人の有力氏族のひとつとなっているアジュミーは、時代や場所を越え、主にイランからアラビア半島に渡来し、クエートからオマーンにわたるペルシャ湾南岸に広く住み着いた人たちの子孫です。現在UAEを構成している国の一つにアジュマーン首長国がありますが、これは「アジュミーの地」を意味しています。今日は現在のサウジアラビアに住み着いたアジュミーの一人、伝説の「アジュミー族長」を紹介します。

遠い遠い昔、アラビア半島の東部でひとりのアフリカ系奴隷が脱走して盗賊になり、村々を襲うという事件がおこりました。この盗賊は身長2mを越え筋骨隆々、概して身長の低く体格もきゃしゃなアラビア人の手に負えず、対決するたびに打ち負かされ全く手がつけられません。

普段はどこに隠れているかもわからず、村々は戦々恐々、村を襲ってはゆうゆうと駿馬にのってひきあげる盗賊に時の支配者は面目も丸つぶれとなり、「だれでも良いから、あの盗賊を打ち倒してほしい」と布告しました。そこで腕に覚えがある勇者がつぎつぎと名乗りをあげますが、返り討ちにあい盗賊の増長を押さえることはできません。

そのとき、きゃしゃなアラブ人のなかでも子供と見間違えるばかりに背がひくい男が支配者のもとに訪れ、「私があの盗賊を退治する」と伝えました。まわりのものは、男の背の低さをみて大笑い。これまで幾多の勇者が退治できなかった盗賊を退治するなど無理だ、命を大切にしろ、、とはやし立てます。領主も、「小男のおまえに退治できたら、なんでも好きなものをやる」と大笑い。しかし、この男は意に介さず領主から足の遅い貧弱な馬を借り受けて、身長に見合った短い刀を持ち盗賊をまちぶせしました。

やがて遭遇した盗賊は、この貧弱な男が自分を退治に来たと知り驚き、そして大笑いで殺さんものと馬を寄せてきます。しかし、馬を寄せた盗賊の一閃を、馬首を翻して空振りさせ、次の瞬間馬を体当たりさせ懐に飛び込み一刀のもとに盗賊を突き殺してしまいました。時の支配者は男の知恵と勇気に感激して、後に「アジュミー族長」として知られるこの男に、望まれるままハサーと呼ばれる、現在のホフーフ市からクエートちかくまでの支配権を与えました。

他の伝統的なアラビア半島の部族と違い、起源地も出自もまったく雑多な渡来人の総称として呼ばれていたアジュミーが一つの部族として支配地を持つようになったのはこの時からだと言われています。現在のアジュミーをファミリーネームにする多くは、先祖をこの伝説の「アジュミー族長」に結び付けて考えるようです。
現在のサウド王家の建国の父と呼ばれるアブドルアジズ王(イブンサウード)や、世界宗教になったイスラムの預言者ムハンマドなどサウジアラビアにも国家的な偉人は多いのですが、そのような歴史の巨人に比べてアジュミー族長は庶民レベルの英雄といえます。この族長の伝説は、知恵と勇気があればどんな難敵でも恐れる必要がないことを教えてくれますね。
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