出発の日。朝2時、まだ夜中じゅう騒いていた暴走族が、そこかしこにいて家路に向かう頃、早起きして出発です。
一路、北上、、北上、北上、まっくらなので写真はなし。そうして、朝8時。朝もやの中にそびえたつ国境。マレーシア側呼称、Bukit Bunga 花の山、、なんて綺麗な名。
ゲートの写真だけど、イミグレーションとかの堂々とした建物はこの奥。いちおう撮影禁止なので撮影しませんが、とっても立派で美しい建物。
さっきウエブを見てたら日本語のサイトで、このボーダーが載ってました。そして、「タイ語かマレー語ができないと国境越えは難しい」とのことです。私はしょっちゅうこの国境を越えてますが、私はタイ語もマレー語もできません。仮にもイミグレーションです。英語ができない係官などいる訳ないじゃないですか。むしろ、ペラペラいろいろ世間話をされてうるさい、早くスタンプ押していかせてほしい(特にタイ側、マレーシア側は事務的にテキパキやってくれる)。
Salamat Jalan
そして、Golok川(マレーシア)= Kolok川(タイ)を渡る。1月に来た時、氾濫してた川です。ちなみに、国境を挟んだ向こうもこちらも話している言葉は一緒。マレーシア語のファミリー中でもとってもわかりにくいジャーウィー語です。えーっと、たしかユネスコではジャーウィー(ケランタン州方言)はマレーシア語から派生した別言語の扱いなはずです(日本語と沖縄語もそう)。ジャーウィ語(マレーシア側)とジャーウィー語(タイ側)もそこそこ違いはあるみたい。
つまり、マレーシア標準語ではゴロク川と濁音だが、ジャーウィーだとコロク側と清音ということですね。
あっという間にタイ側国境。いつもながら、超ボロなコンテナハウスが入国側と出国側に1つづつ。あまりの小ささとボロさなため、これは入口の警察官詰め所かと思ったけど違った。これが国境だった。
写真でみると、旗が3本ずつ飾ってある小屋。これがタイ側のすべて。奥の茶色い屋根は、マレーシア側の税関の屋根です。この屋根の奥にさらに大きな入管があって、、、と大きさが歴然。ちなみに車が走っているのが、橋。タイマレーシア友好大橋です。
そして、タイ側に到着。Ban Buketaという町。タイ語をローマ字化する法則に統一がないので、同じ地名でもローマ字表記はごちゃごちゃです。ですが、おそらく、マレーシア側のBukit Bungaに呼応する名前でしょう。似てます。BukitとBuketaは同じものの気がする。
でも注意が必要!!Ban Buketaというのは国境のある小さな村の名前で、地元ナラティワの人にだってほとんど知られてません(ここの人は国境といえばSg Kolokだと思ってるから、その他に国境があることを知らない人だって多い)。この国境にある町はWaengです。Ban Buketaと言っても全然通じないので心しておきましょう。Waengなら知っている人は知ってます。
ともあれ、無事に国境通過。いつもどおり、タイ側の係官は話好きというか、うるさかった。前回のように、雨降りで濡れながら世間話を聞かされる苦痛はないものの、やっぱり事務的にしてほしいなあ。
気を取り直して、一路パタニへ、、
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