the MY Pantai Timur telepraph

2018年09月01日

Three medieval monarchs in Japan 信長、秀吉、家康といえば、もう百花繚乱するほどみんなが語りつくしている。が、私も混ぜてもらおう。この世は最終的にはヤンキー的なものの勝利よ。

Nobunaga, Hideyoshi and Ieyasu are three famous medival monarchs to end the civil wars in Japan.

信長、秀吉、家康といえば、どんな人でも「ちょっと俺にもこの3人について言わせろ」というほど知られてるし、語られつくされているし、もう、新しいものなんて全然出てきそうにない話です。それで私が言うことも、きっと、ああ、聴き飽きた話だろう、、と思うことでしょう!「が、ここには新しい話があります」、、ってことは無いです。

信長は尾張の人で、偉いといえば父親のほう。ある意味、偉大なフィリップを父にもったアレキサンダー大王そっくり。でもって、両方とも父親より名が知れ渡っているのも一緒。尾張は地味が肥え百姓も平均以上に豊か、交通の要所ということもあって貨幣経済も発達した先進の地。そういう土地にありがちだけど、兵隊としては弱いです。「尾張の兵は弱い」は全国レベルで良く知られていて、しかも、実際、負け戦も多かった。だから、信長はひたすら戦略で相手を凌駕することに心血を注ぎました。戦略を戦術レベルに落としこんだ例として「徹底的に相手と接近戦をしない」つまり、超長い槍を持たせるところから始まって、鉄砲という弱い兵でも強敵を倒せる方法を採用したこと。戦術レベルで失敗しても、戦略が正しければついには勝利するという現代的価値観をもったのが信長です。第二次大戦中の日本は戦略が間違ってたので、どんなに戦術で頑張っても勝てなかったのと好対照。戦時中の日本は信長の戦略を全く学ばなかったといえるし、それどころか信長、秀吉、家康の3人論が百花繚乱している今ですら、「そっか、戦略を大事にしなければならないのか」と思う人の少なさ。ようするに、物語として論じる分は好きだけど、そこから「学ぶ」ことにおいては関心が無いとしか思えません。

で、秀吉も尾張の人。全然強くないです。秀吉は徹底した「補給戦」論者で、おなじ16世紀から18世紀のヨーロッパ、つまりグスタフやマールバラといった戦争の達人で世界史に出てくるような人達と比べても、頭一つ抜けた頭脳です。そもそも、壊れた石垣を修復するプロジェクトで信長の目にとまり、墨俣城建設で人目をひき、水攻めという大土木工事を得意として、野戦より攻城戦に秀でて、中国大返しという補給戦の大勝利で信長の後継者に納まります。その後は大阪城というか大阪城という名前の「堀」で難攻不落の拠点をつくり、最後は朝鮮出兵という大補給戦に打って出ます。ともかく、土木、築城、補給というだけで日本を統一したのだから大したものです。大軍を動かすには兵器よりも食料が重要。食料を集める方法、食料を運搬する方法、ひとを雇う方法、こういったのが秀吉の真骨頂です。もちろん、明治以降の日本に補給戦の達人は皆無で、それどころか現代社会においても「ひと重視」な風潮などありません。まったく、いったい秀吉の何を世の中の人は語っているのだろう?わからん。

家康は三河の人。ここが重要。三河は尾張とちがって土地が痩せていて、百姓は貧乏です。たいがいみんなお腹を空かせているし、おうような尾張人に比べて、気性も荒く、兵は強い。尾張兵を率いた信長にとって、三河兵は頼もしい味方です。家康も三河人の代表的な性格で、戦略家の信長にはいいように使われっぱなし。本来立場的には上位にあるはずの秀吉にも手がでないのは、家康があんまり考えない頭だったから。おそらく、明治以降の日本にとって親近感が湧くのはこの当時の家康だと思う。「勇猛果敢な家康だし、従う兵もまた鬼のように強かった」というストーリーのほうが、「土木作業と補給に明け暮れた秀吉。従う堺衆や近江衆もまたそろばんに強かった」より偉いとされているのが不思議にいまの日本です。より、ヤンキー化した社会ですね。

でもって、秀吉から家康に時代がかわるのは、秀吉の「中国大返し」のようが劇的なものじゃなくて、秀吉の部下の近江衆(そろばん派)と尾張衆(勇猛果敢派)の反目です。秀吉は自分もそうなので頭が良い人が好きで、バカは嫌い。出自のいかがわしい秀吉に古参の親族郎党など無く出世に応じてかき集めた尾張衆には字が読めないものも少なからずいたのだけど、こういうヤンキー連中は秀吉の死後、ヤンキーやヤンキーを呼ぶのたとえのとおり(?)家康にひっついてしまった。今の世でも、理論的な人を毛嫌いする、「新聞をよまないのがえらい」とする麻生某などがヤンキーを糾合して政権をつくったようなものですね。

今も、昔も、ヤンキー的なものが日本の心情を動かす情緒的な碇になっているようです。だから、これから先、頭がいい!とかより、「強きに弱く、弱きに強い」「頭脳より筋肉」「まず考えない」「強いというのは正義である」というのが社会の主流になるし、それはおかしい気がする、、などと寝ぼけたことをいう理論派は国賊呼ばわりされて大阪夏の陣を迎えるわけです。信長や秀吉より、家康の時代ですね。








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