カリニャマット女王って呼んでますが、これは現代的な呼び方。もちろん本名じゃありません。もともとは、ドゥマ王国のケンチャナ姫、、と呼ぶのかな?
でもって、嫁ぎ先のハドリリン公がカリニャマットの領主。ハドリリン公はもともとドゥマ王国内の領主の一人だったのですが、ケンチャナ姫をお嫁さんにしたあと、自立してカリニャマット公国を名乗ります。ジュパラはカリニャマット公国の首都というか港町にあたるところ。
そういうことで初代の夫君の後をついで、二代目カリニャマット公国の君主となったことで、カリニャマット女王と呼ばれました。もっとも、この公国は、この二代で終わってしまいましたけど、、、ま、しかたない。
Sunan Kudus however, declined her request since previously Prawata兄 has committed the crime by assassinate Penangsang別の兄's father, Raden Kikin (Sekar Seda ing Lepen), thus rendered Penangsang's revenge justified. Disappointed, Ratna Kencana went home with her husband, Sultan Hadlirin, from Kudus to Kalinyamat only to be attacked by Penangsang's men on their way. Hadlirin was killed in this attack while Ratu Kalinyamat barely survived.
ちなみに、仲裁を頼みに行ったスナン・クドゥスのクドゥスは町の名前、、だから本名は別にあるのですが、カリニャマット女王と同じく、ワリソゴの聖者たちもみな地名で呼ばれます。
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