The Redang Telegraph

2019年08月25日

Indonesia Merdeka Day 4 「インドネシアの独立」というより、「インドネシアの革命」が正しい。英語もインドネシア語もそうなってる。なぜ、日本語は「独立」にこだわり「革命」を見ないふりするのか?

Indonesian Independence cum Indonesian Revolution ?

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インドネシアの独立への日本の関与、、って調べると、なるほど奥が深い。。
調べれば調べるほど、どんどん向かう先は、そもそもの「インドネシアの独立」とはなんだったのか?ということに関心が向かいます。それに、このトピックは簡単に、、こうです!といえるほど、単純じゃないので、もっと勉強しないといけないですね。

とりあえず今のところわかっているのは、そもそもこれは「インドネシアの独立」なのか?独立は「インドネシアの革命」に付随した一局面。ちなみにWikiも日本語で「インドネシア独立戦争」ってでてるけど、英語版にすると「Indonesia National Revolution」つまり、「インドネシア民族革命」、、っていう名ででています。インドネシアでは「8月革命」とも呼ばれます。だから、革命を主にもってこないと、独立だけじゃあ何にもわからない。


日本でよくみられる「日本がインドネシア独立に手をかした」論のほとんどすべてが、「インドネシア革命」をすっとばしてます。意図的か、不勉強なのかはわかりませんが、、


スカルノとハッタというのが独立の立役者ですが、別に2人で全部を決めたわけじゃないし、同志を含めた親疎の差はあれ多くの人が関与したのがインドネシアの独立でした。スカルノもハッタも、心底政治家で、物事を主義主張じゃなくて「政治的判断」で動く人でした。独立においても信条ではなく、政治です。同志からは常に日和見というレッテルを張られます。

そもそも、革命独立の志士が打倒したのは何だったのか?支配者?オランダも日本も同じような植民地支配を行いましたが、、、いえいえ、違います。打倒すべきは「インドネシア封建制」です。各地に乱立しているインドネシア人封建領主と荘園貴族のうえにオランダでは総督、日本では軍政府がいて、かれら封建特権階級に対して保護を与える代わりに従属を求めました。封建主義の頂点に立つオランダや日本という立場です。

封建制に対する革命、、が、封建制に君臨する外国支配者に対する抵抗となったのです。独立後でいうと大統領と副大統領になったスカルノとハッタ、、に対して、独立後最初の首相になりその後 3期つとめたシャフリル、シャフリルの後を継ぎ2期務めたシャリフディンらが、革命の主義主張のイデオローグです。大統領派が穏健派とするなら、首相派は急進派ですね。実のところ、独立前夜は後でいうところの首相派が多数派で、大統領派は少数でした。

日本がインドネシアの独立に寄与した、、とする論調のほとんどが、のちの大統領派への便宜や懐柔です。そりゃそうでしょう、日本が頂点に君臨する封建制を守るために革命家には手を貸すわけがありません。それに、多数派をしめる首相派はそもそも支配者日本に徹底的に抵抗しています。革命ですから、支配者と革命家がなれ合うことはありません。そのため、日和見とされたスカルノとハッタは、独立前日の8月16日、多数派の一部によって拉致され、翌日 独立宣言を発表するか!射殺か!、、という二者択一を迫られます。馴れあったものに代表を与えておくほど革命はやわじゃないです。革命とは古今東西、だいたいこんなものです。

インドネシア独立にかかわる日本の論調でもほぼすべて、この拉致監禁については言及があります。が、?どうして拉致監禁から生きて帰れたのかきちんと説明してあるものはあまりありません。これがターニングポイントなのに、、

スカルノとハッタは、日本と馴れあったのではなく、武力を持たないインドネシア人が武力を維持する日本に敵対しても流血だけしか得られない、もう日本は敗戦で死に体なのだから、無駄に敵対することはない、後にはオランダとの戦争が控えているのだし、、、と力説します。政治的には正しい選択だし、至極まともだと思います。が、革命の志士は納得せず、結局、スカルノとハッタは多数派の意見を微妙にかわして生きて拉致から解放。そして翌日の独立宣言へと繋がります、、

えーっと、独立前夜はこんな感じ。別にスカルノとハッタだけで独立したわけじゃないし、一団としての、しかも、革命に対する温度差がてんでばらばらの、革命の志士たちの動きということでした。次はいよいよ独立宣言、、しかも、多数派に囲まれては、再度拉致監禁か?射殺か?身の危険を感じ、憲兵が鉄壁の守りを固める日本海軍武官公邸に急ぎます。ここらへんが、「日本がインドネシアの独立に寄与した論」の最初のクライマックス。

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