The Redang Telegraph

2020年06月29日

Tokutomi Roka 蘆花公園に行ってきました。実篤公園と何かとくらべてしまった、、

Visited old residence of Tokutomi Roka

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うちから実篤公園は、ほぼ近所という距離。まわってみて良かったので、蘆花公園に行ってきました。こちらはさすがに近所というわけにはいきませんが、徒歩圏内(というか実際徒歩で往復したし)。

昭和の文豪 武者小路実篤と、明治の文豪 徳富蘆花との違いは、なんといっても時代の違い。今から見るとどっちも昔の人?に見えるけど、やっぱり全然違う。そもそも実篤旧宅のほうは「住宅地感」があるのに、蘆花旧宅は「農家感」。つまり、東京の武蔵野のこの地は、明治時代から昭和にかけて、農村から宅地に急激に変化したのでしょう。両旧宅の間はまさしく徒歩圏内で、同じ文化圏といってもいいのに、これは!と驚くほど。

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蘆花旧宅は現在蘆花公園として、旧宅(恒春園)以外に周辺も含んでかなり大きな公園となっています。
とりあえず、恒春園のほうはこちら。敷地面積は実篤公園とそれほどかわらないと思います。

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そして、恒春園での蘆花は、作品「みみずのたわごと」というエッセイに詳しいのですが、まるっきりこの辺が農村だったのがまるわかり。世田谷、、田舎すぎる、、声もないほど田舎すぎる。。。。蘆花はこういう生活に憧れてわりと早いうちにこの地で暮らし始めました。

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トルストイの影響を強くうけたそうです。実際に世界一周したり、世界半周してトルストイに会って一緒に過ごしたりとか、行動力あふれた人。旅行が好きでお金があると旅行にでかけたそうな。

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彼の著書「不如帰」は明治のベストセラー。9年間で100版を超え、出版から30年で185万部突破。ちなみに村上春樹の「ノルウェイの森」は単行本上下で200万部。当時の人口や読者数を考えると、すさまじい人気作家だったのですね。ちなみに農村暮らしエッセイの「みみずのたわごと」ですら、11年で108版。ちなみに、このころはペンネームを徳富蘆花から本名の徳富健次郎に変えています。

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蘆花というペンネームは、清少納言の枕草子に蘆の花は見どころがない、、というのに由来するそうです。漱石といい、鴎外といい、明治人のペンネームは洒脱すぎて、とってもいい。恒春園の名前の由来もおしゃれ。

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蘆花につきそった夫人と一緒のお墓がすぐ隣にあります。たまたま、旧宅の隣が墓地だったという絶妙なロケーション。蘆花は恒春園を、とっても寂しいところと書いてますが、さもありなん。

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墓誌は兄の蘇峰が書きました。臨終にたちあった彼が「なみだをぬぐいながら書く」というのが心にしみます。蘇峰と蘆花は思想の違いから断絶していたのですが、最後に和解。やっぱり兄弟なんだなあ、、

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蘆花公園は実篤公園と違って高低差がなく歩きやすいですが、蚊が多いのは同じ。うっそうとした林の感があります。住宅地風の実篤公園にはきれいな庭園や池があるのですが(野川の河岸段丘のど真ん中でそもそも傾斜地)、農村風の蘆花公園にはそういった庭園や池などなく、高低差がないのも畑だったからに違いないです。

とても興味深かったです。明治の文豪のなかでも、とりわけイケメンな蘆花は、性格も文章も生涯も見た目もかっこいい。うらやましい。。

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