Night must be busy, but daytime is not.

マラッカは観光都市。もちろん地場産業はあるし、マレーシアでも指折りの大都会だから観光だけに頼っている場所じゃありません。が、どこをとってもパッとしないマレーシア全体をみても観光は即効性の高い外貨収入源なのです。だから、観光に力を入れるのは必然となります。
そうして、力をいれて居留区に立派なホテルを作りました。リスボンホテル、、ですが、観光不振により閉鎖。いまや、建物を借りて大学の分校となり、立派な外観と旗とホテルの名前をもった、大学校舎。観光不振は、、、まあ当たりはずれがあるからだろうけど、、、、そもそもPortuguese Settlementを観光地にしようとしたアイデア自体?いやアイデアはいいのだけど集客規模を読み間違えたというべきか。

たとえば、志摩スペイン村というのが日本にあります。志摩とスペインには、なーーんの関係もないです。風景がちょっと似てるというぐらいですが、そんなもん関係には入りません。経営状態はとかくいろいろあるようですが、少なくとも潰れずに頑張ってます。きれいです。華やかでまた行きたいと思う人も多いでしょう。で、ポルトガル人居留区のフードコート。志摩スペイン村と違って、れっきとした「
世界遺産をつくったポルトガル人の子孫が、その故地で行っている」という関係性100%!これ以上有利な条件はないのですが、いかんせん資金と運営ノウハウが今一つで志摩スペイン村と肩を並べるわけにはいかなかったみたいです。
とはいえ、ポルトガルの田舎の広場ぐらいの雰囲気は醸し出されていると思います。噴水(壊れてる)も、煉瓦やタイル張り広場もあるし。

ポルトガル人街のフードコートにもいい所はいっぱいあります。まず、清潔。ゴミが全く落ちてなかったし、綺麗に管理されている。そして、本物の「ポルトガル人」(国籍のポルトガル人じゃなくて、マレーシアで言うところのポルトガル人 Kristangということだよ)が、漁師料理を作ってくれるし給仕もしてくれる。「ポルトガルのホームメード」というのは間違いない。

私も新鮮な貝料理をいただきました。大きくておいしかった。

夜になれば、周囲の風景は闇に溶け込み、明るいフードコートだけの世界になり、そこでしたたか酔えばすでにそこはリスボンの夜。ダンスもあるようです。


夜は近隣からお酒を飲みに観光客でにぎわうようです。志摩スペイン村路線ではなく、あくまでも「フードコート」に限定したポルトガル人街なのです。そもそもの始まりが漁師さんの地場産業というところから始まっているので、この規模、この運営サイズは一番身の丈にあった持続可能なビジネスだと思います(ホテルは持続しなかったし)。

居留区から毎日出勤。

ともかく、広いです。駐車スペースがかなり大きくとってあります。だから、お祭りにも最適。しかし、タイガービールの看板はなんとかならんか?アースカラーの綺麗につくった場所が、タイガービールの青い看板でちょっと残念。宣伝を入れるとタダで看板を作ってくれるのだろうけど、フードコートがタイガービールで乗っ取られた感もあります。タイガービール側も、色を変えるとか、してくれればいいのに。

私が行ったときは雨が降りそうな天気でした。

クリスマスの飾りつけをしているポルトガル人に「雨がきそうだねえ」というと、やおら空を見て「いや、かする程度で大したことは無い」。おおお、さすが漁師さん。空をみて、誰もが猛烈な雨が降りそうだなと思うのに、「かする程度」とは、、かっこいいなあ。これが漁師さんの天気予報か。
雨が降り出しても、かする程度か、、、と思いつつ。フードコートの中にバイクを移動。

結果として、猛烈な雨が降ってきた。食事をしながら、バイクを軒先に入れて良かったと思い、漁師さんの天気予報も大したことないなとも思いました。が、ひょっとして、この猛烈な雨は、、漁師さんにとっては「かする程度」なのかもしれません。わからないけど、侮るべからず。
マラッカにいったら、Portuguese Settlementはお勧めです。現代になってポルトガル人から離れたマカオでもない、ゴアでもない、不思議な場所。さすが400年前にポルトガル人支配が終わったという時の流れを感じます。ちなみに、居留区という名前のとおり、この場所のほとんどは住宅地です。だからフードコートはそのほんの一角でしかすぎません。住宅地にはポルトガル人が住み、カソリックつながりで集まった他民族の人たちも混ざって住んでますが、あまりに普通のマレーシアの住宅地で、看板がなければここも居留区だとは気が付かないぐらいです。
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