the MY Pantai Timur telepraph

2018年01月12日

赤道越え Crossing Equator @ Sumatra 19 地元のみんなと、いろんな話をして楽しい。これが旅の醍醐味

Meeting local people is really fun.

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マレーシアでは都市の大型ガソリンスタンドは24時間営業が普通です。で、てっきりインドネシアもそうだと思って、朝6時にホームスティを出発。スティ先のおばちゃんが朝ごはん食べる?と聞いてきたので、わあ、何ができるの?と聞き返したら、、ポップミーだった。。。いや、もう、ポップミーはお腹いっぱい。もう、一生ポップミーを食べなくても平気だし。ごめん、要らない、、と断って出発。すぐに、ガソリンスタンドに行ったら、、閉まってた。あと1時間待たないといけない。この先にはガソリンスタンドがないのは昨日同じ道を通ってきたから知ってる。

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スタンドが閉まっていてショックだし、雨が降ってたし、情けない思いをしていたら、スタンドの2軒先にどうやら喫茶店みたいなところで灯りが付いてた、、、早速行くと、、

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お店は閉まってた。しかし、若者が8人ぐらい椅子を並べて寝てる。どうやら昨夜のお祭りで遅くなった若者が家に帰らず友達の喫茶店で雑魚寝、、、というパターンらしい。喫茶店はそういうことで営業してないけど、お店の中で目が覚めてゲームしている若者が何人かいたので、さっそく戸をあけて、、

やあやあ、おはよう!雨がひどいよね!ガソリンスタンドに来たけどまだ閉まってたよ、ちょっと雨宿りさせてくれる?

、、という、いつもの「始めた会うけど何十年も前からの知り合いのつもり」の調子です。沖縄には、いちゃればちょーでぃー、、(一度会えば兄弟みたいなもの)という言葉がありますが、私の場合、一度もあったことなくても人類はみな兄弟、、、会う前から兄弟なんだよ。

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むこうも退屈してみたいで、さっそくいろんな話。ああ、英語ができる人がいて助かった。雨の話、バイクの話、道が悪い話、ちなみにブキティンギに来る道は夜だし超悪路で時速20キロぐらいしか出せなかった、、という話をしたら、、、

「あそこの山道は幽霊がでるんだよ、、有名なんだから」

わあ、なんか白いものが道路をさーっと渡ったのを見たけど、あれがひょっとして幽霊?地元の人のような気もしたけど?ま、いっか。。。こんな話をしていたら1時間過ぎるのはあっという間。ガソリンスタンドが開いたので名残惜しいけど出発。みんな、お店の外まで見送りに来てくれました。ありがとう、突然乱入したのに。

こういった、地元の人達との話は面白いことが多いし、幽霊ネタのように地元の人に訊かないと絶対本に載ってないようなことも聞けます。こちらは、まだ北スマトラ州に居る時、、突然雨が降り出して、ちょうど休みたかったからすぐ横のお茶屋さんに入ったときのこと。お客さんは三輪タクシーの運転手さんばかり。

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こちらは誰も英語がわからん!困ったなあ、と思っていたら、目の前の白い帽子をかぶったオジサンが近くのモスクのイマームであることが判明、すぐにアラビア語で話しかけたら、ちゃんとアラビア語で返事!お互いに、、「おおお、、なんでこんなところでアラビア語が!」。イスラーム圏でちゃんとモスクがあるようなところだと、モスクの導師を務める人はだいたいアラビア語を話せます。

こういう場面はタイのプーケットでもあったし、モザンビークでもあった。誰かがアラビア語は中世のラテン語と同じで勉強した人は世界中にいるのでなんとかどこでも通用するよ、、と言ってましたが、そのとおり。

ここでは、三輪タクシーの運転手たちのいろんな話や天気がどうなるかといったこととか、あと、なんだっけ忘れたけどいろんな話をしました。

バイクは積載量が限られてお土産なんか積めないけど、こういう思いでは積載量関係ないから脳みそがパンクするまで積めます。ただ、すぐ書かないと忘れてしまうけど。

私の場合、旅の醍醐味は、地元の人との話。これに尽きるような気がします。

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赤道越え Crossing Equator @ Sumatra 18 スマトラの新年はボンジョール!で、ボンジョルはパドリ戦争の英雄

Iman Bonjol and Perang Padri Minangkabau War

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新年はボンジョール!からはじまりました。このバイク旅は往復なので、前日北半球からせっかく南半球に降りてきた(標高差的にも降りてきた感あり)のに、また赤道を通過して北半球にもどります。今日の赤道は雨が降ってません。よかった、、朝早い時間帯は雨が少ないのはマレーシアもいっしょ。午前中にどこまで距離を稼げるかがキモになります。

またもや、赤道。ま、スルーします。せっかく雨が降ってなくても、前日に赤道を堪能したので十分。ボンジョル師にも挨拶して、さようなら。ゲートの奥で馬に乗っているのがボンジョル師です。

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この方がお札に顔出しするようになったのは、対オランダ征服軍との闘いの功績ですが、事情はもっと複雑。これに関してはパドリ戦争というのがWikiに簡単に乗ってます(珍しく和文で)。

パドリ戦争 Perang Padri
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%89%E3%83%AA%E6%88%A6%E4%BA%89

その昔、西スマトラ州がミナンカバウと呼ばれていた頃、今のサウジアラビアのワッハーブ運動に影響を受けて戻ってきたインドネシア人のメッカ巡礼者ハジ・ミスキンら3人。ここから先は、ほとんど現在の社会にも通じるんだけど、、
、、当時のミナンカバウはイスラームとは名ばかりで全然宗教的じゃなかった、お酒もギャンブルも麻薬もなんでもありで、巡礼から帰ってきた3人は「こんなのイスラームじゃない!」と退廃追放運動をおこないます。
すると、ギャンブルやら賄賂やらで儲けていた土地の王侯は、うるせえ!お前らが騒ぐと俺たちが儲からない!と俄然対抗。改革は「パドリ派」と呼ばれていたため、パドリ戦争と呼ばれます。このパドリとは?語源的には今でも謎だそうで、なんでパドリって名がつけられたか今ではわかりません。

この3人の巡礼が勢力を伸ばし、王侯はスマトラ海岸地帯にしか影響力がなかったオランダ軍に応援を求めてパドリ派と闘うことにしました。まさしく、ミナンカバウ人自身がオランダ軍を呼び込んだわけだ。この戦いは何十年も続き、3人の巡礼の次の世代に活躍したのが、ボンジョル師やラオ師といった人達。

ラオ師の騎馬像。ラオ師はバタック人です。Tuanku Rao

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どの角度からも、ラオ師の顔が見えないという不都合な配置。もっと、考えて設計すればいいのに、、

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とりあえず、ラオ師はこんな感じでバタック人を教育したらしい、

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地元でラオ師はボンジョル師(ボンジョル師はミナンカバウ人)と並び称されているけれど、パドリ戦争のWikiの中では名前もでてきません。ただ、Tuanku Raoの項目はありました。私の見たところバタック人とミナンカバウ人の差はほとんどないです。社会的にプロフェッショナル指向が強いところなんてほぼ同じ。
https://en.wikipedia.org/wiki/Tuanku_Rao

ナポレオン戦争が終わって混乱したオランダ本国からほどとおいミナンカバウでも一時はパドリとオランダの間で停戦ができたものの、すぐにオランダとの戦争は再開。

こうして、パドリ派の目的が世俗社会の浄化、社会改革から、オランダ軍による内陸部植民地化との戦いに内容が大きく変化して、ボンジョル師の立てこもったボンジョル砦は1832年に陥落。

それ以降ボンジョル師は遊撃に転じますがパッとせず、ラオ師は1833年に戦争の傷で死んでしまい、ボンジョル師は1837年にオランダ軍にとらえられ(その後スラウェシ島に流刑)。最後まで残ったダルダル砦も1838年に陥落してパドリ戦争は終結。結果として、オランダ軍のミナンカバウ(西スマトラ州)全域の植民地化ということになりました。

なんか、今も良く聞くけど、社会改革(パドリ派)と保守派(王侯派)の戦い、、が、結果的に第三者(オランダ軍)の利益になって前者の両者とも潰れてしまう、、という話。

赤道直下の昔の話。いまのボンジョル公園(赤道公園とは違う場所)は、平和な場所、、

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朝ごはん食べて、、ナシゴレン、、元旦の朝は、、ナシゴレンが似合う(たぶん)。

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だれもいない遊園地で暇そう、、200年前の戦争なんて思いうかべることだってできません。

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ずっと平和でいてほしいです。パドリ派、つまり社会改革の伝統は色濃く残り、現在でもミナンカバウ人がインドネシア全体の社会改革の旗手になることが多いそうです。それに、西スマトラ州は今でもムハマディヤ系統の社会改革が盛んな土地として知られています。

ちなみにマレーシアのヌグリスンビラン州にはまとまったミナンカバウ人のコミュニティがあり、N9のマレーシア語にはミナンカバウ語の影響があるそうです。それに、ミナンカバウ人は「世界最大の母系社会」だそうです、、なんか興味津々。

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2018年01月11日

赤道越え Corssing Equator @ Sumatra 17 バイクで赤道越えした証明書をもらった!しかも友達が一挙に倍増

Thank you all my biker brothers at Zero Degree Bonjol Equator.

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記念撮影も終わったし、雨も降ってるし、こりゃ、さっさと出発しないとすぐに真っ暗になって道が見えなくなるぞ。。。と思ったとき、入り口のほうから若い人がやってきた、、話しかけてくるのだけどインドネシア語、、、うーん、わからん。
雰囲気的に、「もう、公園の営業時間は終わってるので、そろそろ出てくれるとうれしい」みたいな感じだと思ったので、OK、すぐに出るからちょっと待っててね、、とか言ってバイクに跨がろうとしたら、その彼がどこかに電話してた、、そして、電話に出るように促されると流暢な英語で、、

「バイカーだよね、赤道越えの証明書を無料で発行しているんだけど私のところまで来ない?」

え!公園から出て行けと全然違うじゃないか、まあ、私の推論力なんてこんな程度。

ところで、、、えーと、彼のところとはいったいどこ?というと傍にいる彼が連れてきてくれるということ。証明書なんて聞いたことなかったけど、、どうしよう。雨も降ってるし先を急ぐ気もするけど、、、

しかーし、、、、もちろん、面白そうなことにひかれる好奇心には勝てません。さっそく、隣の彼の後にしたがってバイクでいくと、入り口の目の前の家につれていかれました。入口で迎え入れてくれたのは電話で話をしてくれたヘンドラさん、地元のバイカーのキャップテンです。案内されて2回に上ると、私の前に赤道越えしたグループの人達がいて、みんなでお茶してました。ここから、ちょうど私が記念撮影していた場所が丸見え。きっと、お茶していたら「こんな遅い時間に到着した赤道越えバイカーがいるよ!ちょっと呼んで来よう」ということになったのだと思います。

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赤道越え証明書をその場で書いてもらって、証明番号が5089番。これまでに、ヨーロッパ人とかオーストラリア人とかのバイカーはいたけれど、日本人は初めてだよ、おめでとう!と言われて、すごくうれしい。そっか、日本人バイカーは初めてなんだね、、、日本人初!というのはなんだか偉くなった気分。これで、2日かけて道なき道をやってきた甲斐もあろうというものです。

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他のバイカーは、ジャカルタからアチェまで行く途中のジャカルタ人たち。面白いことに、グループじゃなくて、それぞれ数名ずつのほぼ単独行の人達。でも、目的地は一緒らしい。まあ、休暇だし、そういうこともあるよね。みんな、ここで寛ぐらしいです。ヘンドラさんから、ここで今晩みんなと一緒にユックリしない?それとも、ヘンドラさんの自宅に泊まる?と言ってくれました。

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それもいいけど、今日の目的地のブキティンギはあと50キロぐらいだし、ホテルは予約してないけど、前日があんまりゆっくり寝られなかったので、今日はホテルでゆっくりしたい気分があったので、お誘いを断ってブキティンギに向かいました。

結論から言うと、ブキティンギのホテルは満室。残り1室もなかったけれど、たまたまホームスティをみつけたので通常価格の4倍の値段で一晩をすごしました。ああ、ヘンドラさんの勧めに従ってボンジョルに居てもよかった、、、と思ったけど、まあ、私はその時々の決断を後悔しないことにしてるので、これでいいです。

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ちゃんとベッドもあったし、ホームスティの人達も親切だったし、当日がお祭りでホテルが満室なのに、知らずに来た自分が浅はかだったし(いや、確かにヘンドラさんはホテルは満室じゃないか?と言ってた。だからうちに来ないかって誘ってくれたんだ)、まあいいや。通常価格より高いのはお祭りだからしかたない。

人によっては、ぼられたと思うかもしれないけど私はそうは思いません。第一、旅行者なんだもん、ぼられるのが嫌なら、旅行なんてしないこと。お金は天下の周りものだし、どってことないです。お金をだして清潔な浴室付きのベッドがあったなんて、むしろ神様に感謝したいぐらい。しかも乾いてるし。

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posted by NAOKI at 23:51| クアラルンプール ☔| Comment(0) | Indonesia Touring インドネシアツーリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

赤道越え Crossing Equator @ Sumatra 16 ついに赤道に到着!(下) 赤い線をまたぐ日がやってきた

I was the first Japanese Rider crossing this Bonjol Equator.

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赤道直下で雨宿りしながら、赤道公園をみると人がいる。時間が遅かったし周りも暗いのでもう公園は閉まっているのかと思ったけどちらっと人影がみえたので、バイクで入口まで戻りました。入口は北半球にあるので、ぐるっともどって公園の中にまでバイクを乗り付けました。もちろん、入り口から見えた赤道、、赤い線があるところまで

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この後については、このシリーズの冒頭に書いたので、割愛。この公園はTaman Equator Bon Jolといいます。ボンジョル赤道公園です。大きな看板があったので、近くまで行こうと思ったけど、、Equotarの"E"の文字が落ちてた、、、QUATORじゃあ、なんだかわからん!これじゃあ、記念にならんだろう、、まあ、いいや、いかにもインドネシアだし、いかにも合成写真ではない存在感があります。

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そして、距離は5mほどの赤道を一杯写真にとって、ちゃんと赤道に立った証明写真。

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こちらは、赤道から横断陸橋のほうを向いたところ。人数の多いセルフィーの場合、この陸橋の階段がひな壇になるらしい、、考えたなあ、

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ボンジョルとはこの村の名前ですが、同時にインドネシアの英雄イマーム・ボンジョルの生まれ育ったところ。土地のイスラーム指導者ボンジョル師はここで村人を率いて、重装備のオランダ征服軍と互角の戦いをおこない、なんどかオランダ軍を蹴散らしたという記念碑的闘いを行いました。それで、いまではお札になってます。お札になるような人の故郷だもん(しかも名前は村の名だし)、地元の人は晴れがましいよね。ちっちゃな村なのに、お札と赤道。なんか、すごい。

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ですから、この公園は赤道公園という側面とイマームボンジョル博物館という2つの要素があって、頂いた「赤道越え証明」にも、白馬にのったボンジョル師のデザインがついています。証明書の透かしの建物はイマームボンジョル博物館の建物です。

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この公園、雨降りだから数が少なかったけど、ライダーや観光客がいっぱい訪れる場所のようです。しかし、豪雨の夕方、、あたりは暗くなるころ、、もう、超寂しい場所で、想像していたような、「赤道まんじゅう」や「赤道せんべい」なんか全然なかったし、お土産屋さんも、キーホルダーも、お人形も、全くなかった。ジュースすら売ってなかった。こんなところに2日間、命を懸けてきたのか?

赤道についたら、赤道にまつわる都市伝説のいくつかを試してみたかったけど、もう、寒くて、びしょ濡れで、寂しくて、もう、写真も撮ったしすぐ帰ろうと、、したら、赤道越え証明書っていわれた?何?もらえるの?どうやって?

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posted by NAOKI at 22:53| クアラルンプール ☔| Comment(0) | Indonesia Touring インドネシアツーリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

赤道越え Crossing Equator @ Sumatora 15 ついに赤道に到着!(中) 赤道を越えるのじゃない、赤道は「くぐる」んだ。

Finally arriving at Equator @ BonJol, West Sumatra.

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行けども行けども赤道に着かなくて、もう赤道なんて無いんじゃないか?どっか他のところにいったんじゃないか?とか思い始めたころ、見えてきたのが大きな地球と緑の横断歩道。あれが、緑道、、じゃない、赤道です。

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赤道は記念公園になっていて、駐車場が道路の反対側、で、赤道公園がこちらがわ。大きな青い地球があるのが駐車場で、まずはあちらに車をとめて、それから横断歩道を渡ると、、ほうら!赤道を歩いて渡った!となります、、、が、私はバイクだし、歩道橋の下をくぐる、、、くぐると、、何にもない。あれ、道路に「赤道おめでとう」とかあるんじゃない?バイクから降りて探したけど、道路は味も素っ気もない、、なんにもない。

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赤道は緑色、、ま、いっか。でも、赤道をまたぎたいのが人情で、そんな、、赤道の下をくぐって、あれ!赤道行き過ぎちゃった、、、とか、思うのもなんだし、、
バイクでもう一回、歩道橋の下に戻ったけど、ただの歩道橋の下で、そこからは何にも見えない。うーむ、こんなはずじゃないんだけど、、、雨が無情に降り注ぐので、ともかく赤道の下で雨宿りしながら、なんか考えよう、、、

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posted by NAOKI at 16:18| クアラルンプール ☔| Comment(0) | Indonesia Touring インドネシアツーリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月10日

赤道越え Crossing Equator @ Sumatra 14 ついに赤道に到着!(上) もう、ここで赤道に来たことにして引き返そう?

Almost arriving at Zero Degree Bon JOl Equator @ West Sumatra

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走っても、走っても、なかなか赤道に着かない。

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GPSで何度も確認する。だいたいWebには赤道の通過地点の写真がいっぱいアップされていて、もうデジャヴ状態で見たらすぐにわかる、、のだけど、そのシーンが全然前方に現れない、、

雨がすごく強くなり、

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ヤギですら、雨宿りするのに、、私は雨のなか赤道探し、、本当にあるのだろうか?

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ずぶ濡れになった先に、赤道が通っている県の県庁所在地があった。県庁周辺はものすごく新しい。都市計画で造成してできた町ですね。まだ、赤道通過地点までもうちょっとあるけど、この町に赤道通過のモニュメントがあった。

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なんか、もう、これでいいや。赤道通過地点まで行かなくても、この県庁前の赤道モニュメントで十分な気がしてきた、赤道に来たことにして、ここから引き返そうかなあ、、もうずぶ濡れでブーツの中もグチョグチョ。不快感は200%!

とはいえ、このあたりにはホテルもないし、とりあえず、前に進むしかないような気がする。

posted by NAOKI at 23:45| クアラルンプール ☔| Comment(0) | Indonesia Touring インドネシアツーリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

赤道越え Crossing Equator @ Sumatra 13 スマトラ大断層の斜面は美しい棚田

The Great Sumatran Fault became beautiful rice terrace scene.

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私のバイク旅は、延々とスマトラ大断層に沿ってすすみます。えーっと、英語だとGreatが付くのにWikiでみると日本語は「スマトラ断層」?はあ、抜けてんじゃないよ!グレートだよ!ちゃんと「大」を入れてやってください。スマトラ大断層、、人工衛星からでも見える超巨大断層です。

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これが断層だと知らなければ、ただの峡谷です。知ってると知らないとでは大違い。何が違うかというと、延々と走り続ける(しかも何日も、何日も)時に、これって大断層だよなあ、、と思うと耐えられない緊張も、張り合いがあるというものです。これがタダの谷では、そうはいきません(たぶん)。

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大断層の斜面にそって、美しい棚田が広がります。

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ここはほぼ赤道直下。なんといっても私は赤道を目指しているのだから、ここらへんは「ほぼ」赤道直下です。細い線だとだめですが、地図にぶっといマーカーで線を引くと、完全に赤道直下です。それで、四季はぱっとしなくてモンスーンの有無だけ。こういうところでは、お米の二期作が可能。ちょうど、2期目の収穫が終わって、これから田んぼに水をひき田植えをするところ、、、ヒジャーブを被ったムスリム女性が野良仕事。

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苗代はこちら、、

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谷、、ちがった、、、断層の反対側では、田植えの真っ最中。こちらはクリスチャン式のかぶりものの女性。

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みわたすかぎり棚田で、、

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しかも、田植えのすぐあとだから、稲の若葉がとっても初々しいです。

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もともとは畑作であった稲を半ば水耕することで連作が可能になりました。が、二期作はちょっとやりすぎじゃないかという気がします。土地が痩せて、それを補うための肥料にはどんなものが使われているか興味津々ですね。チャンスがあったら調べてみたいです。


赤道まであと少し、がんばろう。

posted by NAOKI at 22:42| クアラルンプール ☔| Comment(0) | Indonesia Touring インドネシアツーリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

赤道越え Crossing Equator @ Sumatora 12 貧しい道は延々と、中央に白い線があると驚く

Rough road contines

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スマトラは道路事情というのはとんでもなく悪かった。道路が壊れたり、流されたり、なんてあたりまえ。たまに、道路が川底のこともある。こういう川が、

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そのまま、道路にぶち当たり、、道路のすべてを剥ぎ取って、

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洗い流し、、

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あるいは崖崩れになったり、わあ、崖直前の急ブレーキのタイヤの跡が生々しい。だから、夜なんて絶対に走ってはいけない、、全然見えないもん。

まだ、こういう写真を撮っているところはまだまだ余裕があるところで、本当にひどい道路のところは息も止めて、真剣も大真剣になって、幅30センチぐらいの橋をバイクで延々と渡るくらいのかんじ。当然写真なんて全然撮ってません、、というか、撮ろうなんて考えもつかない。

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道路の冠水になったり。この先がものすごい冠水なんだけど、冠水に近寄るととても写真を撮る余裕がないほど路面がひどい(というか水底だから路面が見えない)。腕が3本ないと写真はとれない。

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お客さんを乗せていると前に進まなくなった三輪タクシーが、お客さんを降ろして歩かせ始めたり、いろいろな人間模様まで観察できる。

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バイクで走るのは必死です。アスファルト舗装がしてあると、、「お、いいかんじ」。たまに道路の真ん中に白い線があったりすると、「お、なんじゃ、道路に線が書いてある、、ひょっとして中央線?」とか驚くほど。ただし、場所によっては中央線があるけど、それは単なる道路の模様のひとつで、車は片側だけで狭すぎて脱輪するから、中央線をまたがって走らないといけないような道もあります。バイク用の中央線か、、?

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ひどいのは、だいたい町と町をつなぐ道路。険しい山道がほとんど。
それにひきかえ、町の中は綺麗だし、道路の幅もあるところはある(ないところはない)。ここは道路がひろかったなあ、

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北スマトラも南部になるとムスリムの比率が増えてきます。このイスラーム学校は生徒数がものすごい!校舎も巨大、、まるで高度成長期の日本の小学校みたい、、

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町のきれいな道路と、、

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大変な山道の落差がありすぎ。

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それは北スマトラも西スマトラも関係ないです。

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貧しさも、山間部はどこも一緒。洗濯も川だし、食器洗いも川。もちろん大きな川は増水したり危ないから自宅近くの用水路でみんな家事をしています。ある意味、日本も昔はそうだったんだよなあ、私が小さいころ用水路で畑でとれたで野菜とか洗ってたの見たことある(野菜ぐらいだったら、いまでも日本で見られると思う)

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posted by NAOKI at 17:28| クアラルンプール ☁| Comment(0) | Indonesia Touring インドネシアツーリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月09日

赤道越え Crossing Equator @ Sumatra 11 これか!堂々一位のインドネシアの国民食!これか?

I ate Pop mie a lot while I was in Sumatra.

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旅行の楽しみの一つは土地の名物料理を味わうこと。。。というらしいです。が、私のこれまでのバイク旅で、切望したってそんな目に遭うことはまずないです。もう、食事より距離、、どれだけ距離を稼ぐかというのがいつもの課題。そんな無理な旅はやめて日程的にゆったりとしたものにすればいいのに、、というもっともな意見もありますが、日にちがあればあるだけ距離を稼ぎたいという「距離依存症」にかかっているので無理。

北スマトラ州から西スマトラ州に入る記念すべき一歩、、、

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しかし、朝ごはんはPop Mie ポップミーというカップ麺です。インドネシア中、どこでもあります。。というか、ポップミーしかないところも多かった、、とほほ、、

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マレーシアの国民食はナシラマ。美味しいご飯にちょびっとのサンバルで軽食はナシラマに限るという人も多いです。インドネシアはナシゴレン。ナシラマみたいは白ご飯というより、焼き飯中心。じゃあ、インドネシアの国民食はナシゴレンなんだね?

ちがう!ちがう!

声を大にして叫びたい、インドネシアの国民食はポップミーです。もう、これ以外はありえないでしょう。みんな食べてるし、私はだいたいカップ麺は好きじゃないのですが、もうポップミーしかない!という状況が多かった、、、それはあんただけ、、と言われると返す言葉はないけど、でも、賛同してくれる人もいると思う。

そして、次点は、、マギーミー インスタントラーメンです。朝ごはんでポップミーを食べたら、お昼ご飯はマギーミー。あまりにも可哀想な食事内容なので、卵を追加してもらいました。

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旅行の楽しみは食事にあるという人も多いのに、、私はポップミーにマギーミーの組み合わせ。たまに、ナシゴレン。うーん、多彩な食事のマレーシアが懐かしいよ、、同じような辺境の田舎だって、マレーシアのほうがまだなんぼも食事はまし(たぶん)。もう、ポップミーは一生食べなくても平気。さびしくならないです。

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赤道越え Crossing Equator @ Sumatra 10 残りは1つだけ、、と最後まで言われた各地のホテル

I didn't book a hotel room in advance because I didn't know how many km I can ride.

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バイクにのる利点のひとつは、視野が広くていろんなものが見えること。例えば、お米を乾かしているおばさんの頭のかぶりものはバタック女性の、しかも、クリスチャンの巻き方といったことがわかる、、みたいなこと。特徴的な被り物で、シャワーを浴びた後、髪を乾かすのにバスタオルで髪を巻くような、、かぶり方。しかも、両端がとがっていてちょっと見はオランダの伝統的なかぶりもののようにも見えます。

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巨大な破風の建物はだいたい宗教関係、、

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特に先祖の廟なんて、とっても細工が細かいです。

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バタックには先祖崇拝の風習も見られるということですが、本当に土地の偉人の像は多すぎ。象の像もある。あんまり立派なので最初はいちいち写真を撮ってましたが、そのうち、「えーー、またか、、ご先祖様」とか思ってスルー。

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村の教会も、最初は片っ端から写真に撮ってたけど、あまりに数が多すぎて、やっぱりこれも途中からスルー。

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夕方になると雨がひどくなり、体力も限界。最初の目的地はタルトゥンですが、、、もう、真っ暗闇だしこれ以上走ると絶対に事故を起こすぞ、、安全第一!絶対安全第一!もう、あきらめてここで野宿か?と思った次の瞬間、目の前にホテルが!ありえん、このタイミングでホテルが目の前にあるなんて三流ドラマの御都合主義だって気がひけるありえなさ。世の中、こういうこともあるんですね。

しかも、部屋があるか聞いたところ、、「最後の1つだけ部屋が残ってる」。うーん、これは営業トークだよね、、、と思ってたら、本当に最後の一部屋だったことが後でわかり、これもご都合主義のドラマ以上にびっくりな展開でした。神様ありがとう。

ここは、シポホルンという町だった。チェックインするまで名前もわからなかったけれど、とりあえずの目的だったタルトゥンまであと1時間という手前にあり、、有名なのは温泉らしい。しかも、泊まったホテルは温泉ホテルで、温水プールがある、、、ものの、体が疲れ切ってもう、温泉の余裕なし。もったいないけど、温泉はパス。やっぱり、時間にゆとりをもって旅行しないと残念なことも多いです。

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今回のバイク旅はホテルを一切予約しませんでした。初めてのインドネシアだし、天候や体力や道路のコンディションがわからないから、「もう、ここで今日の旅は終わり!!」と宣言してホテルに泊まりたい、、という方法。あらかじめホテル予約すると「無理かもしれないけど、あそこまでたどり着かないといけない」みたいな義務感が生じるし、それってあぶないよ。

、、ということで、一切の予約無しは良し悪し。この時期、ホテルはどこもほぼ満室だったのだ、、(と後で気がついた)。「あんたが休暇のときは、ほかの人も休暇」ということですね、、、

この後、ずーっと泊まるホテルは「最後のひとへや」が付いて回りました。ともかく毎日部屋はみつかったし、ありがたいことです。毎日雨に降られたから、乾いた部屋で、びっしょりな服を脱いで、シャワーを浴びて、乾いた服を着たい。ごはんはどうでもいいから、乾いた服!

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posted by NAOKI at 22:52| クアラルンプール ☁| Comment(0) | Indonesia Touring インドネシアツーリング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする