the MY Pantai Timur telepraph

2017年09月29日

TC beach challenge 2 ビーチチャレンジ、こんなルートとは!

Run on beach, Run on mountain trail. It is really challenge.

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TCといえば、お猿さんの住むところ。マレーシア中にサルはうようよ居るけれど、TCのお猿さんの多さは、また格別です。そして、お猿さんに見送られてスタート。
おや!アスファルト道路にすぐに駆け上がって、そのあとずっと普通のアスファルト道路。おや、調子いいじゃないか、誰だ、さっき「砂を上を走る」と言った人は!砂だと聞いて靴紐をきつく結んでいたので、適当に緩めます。しかし、全行程12キロのうち、アスファルトは7キロ地点まで。そこから先は、、ビーチだった!

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ここまでは、だいたい2.5キロ毎に給水ステーションもあるし、いい感じだけど、最後の5キロは給水ステーション無し、、そして日蔭もなし、、、、これが最高に疲れる、、、

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私はかならず帽子をかぶってランに出場するし、距離が長いと必ずサングラスするし、日焼け止めも塗る。。。つーか肌を出さない服装です。まあ12キロぐらいだったらいいけど、自転車とか距離や時間が長いとアームスリーブとネックカバーも使うので、肌の露出は顔の一部ぐらい。

しかし、天気が良すぎると、肌を覆うのも一長一短、暑い。熱いのだ。まあ、いいや、そしては走っていくと前方に岩山が、、遠くからみたときは岩山を迂回するのだとばかり思ってたけど、迂回はできない、、登るしかない、、、まじですか?

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岩山を登り切って降りる頃、大会公式カメラマンと出会いました、、、さっそくポーズ。こういうイベントでは派手にポーズ作らないとなかなか撮ってくれません。地味だと撮られても結局掲載の時点で容量オーバーにひっかかったとき面白くないポーズから没にされ、私の手元には届きません。ラン途中の写真は派手派手に限るというのが経験則です。おかげでこの写真は大会FBに掲載されたどころか、私のFBに親切な人(知り合いだと思う)が送ってくれた、、、ありがとう。

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そして、またもやビーチラン、、、

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たった5キロなのに永遠かと思えるほどの距離。帽子をかぶってない人たちが、タオルとかを頭に巻いて走っていきます、、、だから、短くてもランは帽子だよ!そして、ビーチが終わってこんどは内陸、、、え、まじですか、、山登りじゃないよね。

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プリンドンの山道をさほど登らずに、若干のアップダウンで走り抜け、ようやくゴール、、、
そして、フィニッシャーメダルは、ビーチ名物のカニのデザイン!

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ふー、、、ともかく、日蔭に入って、靴を脱いで、、、砂を落として、、

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一休み、といいつつ1時間ぐらい休んで、ようやく立ち上がる。12キロにしては時間がかかったけど、ビーチや山道があったからしかたない。アスファルト部分のタイムラップは好調時とあんまりかわらないぐらい。でも、それは、12キロだって分かってたからスピードを上げたのであって、これがマラソンとかの距離だとこんなにスピードは出してない。だから、マラソン時の好タイムと12キロのタイムが同じということは、やっぱり比較するとスピードが出てないし、体力的にもきつかったということか。まあ、事実ですね。そのとおりです。

ビーチでは入賞者の表彰が行われて、知り合いもクラスで1位でトロフィーをもらってました。いったい何個トロフィーがあるのだろう、その前も1位だったし、、私はフィニッシャーメダルで十分ですが、中にはさらにトロフィー収集している人もいるわけです。すごすぎる。

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まあ、体力回復がいまひとつの復帰戦としては、こんなものでしょう。よかった。

posted by NAOKI at 23:44| クアラルンプール ☁| Comment(0) | Fitness & Health 運動部と保健室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

TC beach challenge 1 ビーチチャレンジ スタート地点

TC beach challenge had started.

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クアンタンの最高に有名なビーチ テロチュンペダック。ここが会場のチャレンジ12キロレースです。開始当日。朝早くについてしまった、、、スタッフの人よりも早く。ここは駐車場が少ないので、早目に行っていい位置を確保することが先決です。ベストな駐車場さえ押さえられれば勝利も同然。

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まだ暗いですが、人が集まり始め、さすがに地元、、知り合いにも何人にも会ってしまう。しかも、私は覚えてないのに、向こうから名前を呼びかけられ「おお久しぶり、、」とかいう知り合い(私の名前と顔を覚えているのだから大したものです、私にはできないことが多すぎる)も多い。なんなんだ、私のメモリー容量の少なさは。早く人工記憶端末を体に埋め込む時代がこないかなあ。

そして、こちらが、スタート&フィニッシュゲート。ものすごい質素。ちょっと見たことがないぐらい質素。

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でも、ビブの裏にはICチップが入っていて、ゲートの下とか、ルートの何か所とか、ちゃんとタイムを計測できるようになっています。まあ、いくら運動不足とはいえ、12キロだし、なんとかなるでしょう、アドレナリン頼りです。知り合いと話してたら、、、このビーチを走るんだよね?とか言われました。。。は?砂の上を走る?そんなの聞いてないぞ?

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いや、、、まっとうな人ならレースの名前が「ビーチチャレンジ」というぐらいだし、そもそも、このゲートは既に砂の上じゃないか、、ぐらいは指摘できると思いますが、私はアスファルト道路の上を走るものだとばかり思ってた。どう考えても、頭の悪いのは私のほうです。しかも、走るルートも調べてないし。みんなの後からついていけばいい、、としか考えてないので、わざわざルートなんて考えたこともなかった。

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こうして、時間が過ぎていき、フラッグオフの時間。プー!といういつもの気の抜けた出発のエアフォンの音です。私と同じ12キロ参加者はだいたい200人ぐらい?ほとんど2分後には団子から長い列に伸びてしまった。

posted by NAOKI at 22:43| クアラルンプール ☁| Comment(0) | Fitness & Health 運動部と保健室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Practics piece 練習曲選び

Selecting many for practice.

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この間の日本帰国でもバイオリンは常に身から離さず、

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、、とはいえ、毎日練習したとは言いづらい。でもせっかく苦労して持ち帰ったのに、練習しなければもったいない、、というもったいない精神の発露から練習(、を思い出した時にはした)。

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そうして、マレーシアに戻って最初のレッスンの日。ジャスティンから5月と6月に受けたグレード試験のサーティフィケートをもらいました!やったー!というか、完全に忘れてた。だって9月の後半だよ?3−4か月も前のテストのことなんて普通覚えてないって。

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ジャスティン先生には日本で買ってきたディズニーの楽譜。

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それはともかく、新しい学期の新しい練習曲を選ぼう!ということで、まず2曲。日本にいる間に練習していたのがビバルディの春だったので、

ジャスティン「ビバルディはいつの時代の人か知っている?」
私「うん、バロック時代!」(ブログにビバルディのこと書いた時調べたもん)
ジ「ほお、よく知ってたね。じゃあ、その次の時代は?」
私「知らん」

、、ということで、バロック時代の次のクラッシック時代の曲をやろうということで、アイネクライネナハトムジーク。モーツアルトですね、好きです。陰気なベートーヴェンの3倍は好きです。

ジ「モーツアルトはビバルディから100年後ぐらいの人です」
私「ほお、そらまたえらいことでんな」
ジ「クラッシック音楽というのはこの時代の音楽のことです。間違ってもビバルディはクラッシック音楽とは言ってはいけません。ビバルディはバロック音楽です」
私「うん、それは前にジャスティンが言ってたから覚えてる。でも、どれがクラッシック音楽かわからないけど」
ジ「ちなみにアイネクライネ・ナハトムジークというのは小さな夜曲という意味です。ナイトミュージックって発音似てるでしょ」
私「似てるというか、そのまんまやんか」

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もう一曲はその次の時代、、ロマンチック音楽にしようということでパラパラ私が買ってきた本をめくってたけど、見当たらないらしい、、、結局ジブリ音楽にしようということになった。ジブリ音楽とは、ジブリ映画にかかる曲のことで、それ以外はジブリ音楽とは言わないという、まるでバロック音楽に匹敵するような扱いを受けているのです。

ジ「ああ、これがいい。千と千尋の神隠しのこの曲にしよう」
私「すんません、千と千尋の神隠しの映画を観てないので曲に思い入れができません。別のにしようよ」

私は「エリーゼのために」の失敗から、嫌いな曲を練習する気は全くありません。次いで思い入れの無い曲もやる気がおこらん。ジャスティンも父親と同じぐらいの歳の私には強いことは言えません。これも齢の功ってやつでしょうか、、結局、もう一曲は魔女の宅急便から「旅立ち」となりました。これは見てるし好き。

ジャスティンは、すぐ趣味の話に話題が逸れます。自分が見たジブリ映画の中で一番好きなのは「火垂るの墓」で、あれを見てボロボロ泣き崩れてしまったそうです。私は彼ほどジブリ映画を観てないので、そっか、そうだよね、、という曖昧な返事。

そして必死に練習した甲斐あって、小夜曲は1週間で合格。そして今日、、、ついにビギナー憧れの「カノン」に到着、これをやりたくて練習してたといっても過言ではない。しかし、弾いてみても、ちっとも音楽に聞こえない、おかしいなあ、、

「あ、よく見るとCメジャーじゃないじゃないか、Dメジャーだね」、、というレベルの低い所で開始。

posted by NAOKI at 00:28| クアラルンプール ☔| Comment(0) | Music バイオリンと音楽と映画とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月26日

Closing Harley Davidson dealer ハーレーのディーラーが閉店してしまった!

こんなに驚くことも少ないけれど、マレーシア唯一のハーレーディーラーが店を閉じてしまった。
いや、正確に言うと、ハーレーデビッドソンとディーラーのNAZAの間のディーラー契約が切れてしまい、NAZAはハーレーのバイク及び関連商品を売ってはいけないことになったというべきか。

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これが、単に契約更新料の払い忘れとかだと、、、NAZAならありえるよね、、とはいう話なんだけど、どうやらNazaはこれを期にハーレーから撤退するらしい。しかも、代わりのディーラー候補の名前まで取りざたされている、、、(前にヘルメットにピンストライプを入れてもらったお店じゃないか!)

、、、ということで、えーっと、私はNAZAに修理のデポジットを入れてあるんだけど、あれはどうなるのだろう!こまったなあ、マレーシア中のハーレーのオーナーの間で今日はその話で持ちきりになるに違いない。

ひとつ期待が持てそうなのは、NAZAのおかげでHOGマレーシアとHOGクアラルンプールに分裂してしまった、ハーレー乗りの団体がまた統一すること。構成員自体は反目なんか全然してなくて(というか仲がいい)、ひたすらディーラーのNAZAが勝手に分裂させたのだから、NAZAが手を引けば丸く納まりそう、、というか、ぜひ丸く納まって欲しい。

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HOGマレーシアはNAZA相手に訴訟を起こしてたけど、あれも引っ込められるよね。NAZAがハーレーから手を引いてくれて、正直、、うれしい。私もNAZAはそんなに好きじゃない。でも、私のデポジットはどうなるんだろう。。。。

posted by NAOKI at 21:28| クアラルンプール ☁| Comment(0) | Motorcycle Touring バイクとツーリング日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月25日

政治家のレベル

たまたま、「流れる星は生きている」を読み終わった2日後、例の麻生某大臣がいつものとおりバカなことを言ったというニュースが流れました。なにやら、、なんだかんだで難民は射殺しろ、、みたいなことらしい。細かいことを言ってもしかたない、麻生某がバカなのは今に始まった話ではないし、暴言もいつものこと。

今更、あいつって頭悪すぎだし、議員の資格がない、、などと言うほうが間違っている。むかしっから、麻生某は、頭が悪すぎで、品性卑しく、教養もなく、議員の資格どころか人間としての資質も疑問な奴でした。

だから、どうしてそんなバカが何度も選挙に当選するのか?どうして閣僚の要職を占め続けているのか?という風に考えないと、、、

もちろん解は簡単、選挙区民が麻生某の脳と同レベルというもの。閣僚になるのも、誰も閣僚に脳みそがあることなど期待していないということの現れ。つまり、国民の多くは、残念ながら麻生某と似たり寄ったりということ、、、なのだけど、あからさまに「おまえらバカ」と言うと、、非難轟々、お前はいったい何様になったつもりか?バカという奴がバカ!上から目線だ、生意気だ、その他、発言者のほうに非難が寄せられ、「ブーメランになった!」とか言って喜ぶ人もでてくる構造になっています。
王様が裸なのを知っているのに、王様は裸だ!と言ったが最後、「あの立派な洋服が見えないお前がバカなのだ」と罵倒される、、というわけですね。わかり易い。

議員なんて選挙で当選できなければ何の意味もない。高邁なことを言っても選挙区民に理解されなければしかたないし、結局、選挙で当選しやすいのは選挙区民が理解しやすい奴にしかなりません。議員の暴言だって、そういつつまらんことを言うと支持者が大喜びだって知っているから言うわけです。議員なんて支持者の御機嫌取り。どうやって支持者を喜ばせるか?もちろんお金のかかることは難しいことも多いから、笑わせていい気持ちにさせる芸人になりきるのが一番楽で効果も大きい。

あああ、、つまんない、、議員のほうじゃなくて、有権者のほう。そういうと、お前はいったい何様のつもりだ!というやつの方です。

何様ってなんだよ?
わけのわからない(もちろん誰にもわからない)何様でなければ言いたいことが言えないなんざ、まっぴらごめん。何様でなくても勝手に言いたいことは言います。私はそういう奴です。

しかも、非常に残念なことに私の生まれ故郷が麻生某の選挙区で、あいつの初当選から知ってます。ネットで「麻生はバカだから選挙区民はあいつを落選させてください」みたいなことを書いている人も多いですが、無理。だって、麻生某は選挙区民のうけを狙って暴言三昧なんだもん、

「あげなん聞いて喜ぶ地元の有権者やけん、どげなレベルかわかろうもん。言うだけ無駄っちゃ」

posted by NAOKI at 22:15| クアラルンプール ☁| Comment(0) | Social Environment 社会と職業の部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

3 milion Japanese Refugee 300万人の日本人が難民だった時

6 milion 660 thousand Japanese left overseas territory when Japan was surrendered.
Japanese Refugee From North East China, 240,000 Japanese refugee died on the path to Japan,, out of total 1,050,000 refugee in the area. 1/4 refugee died.

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1945年の日本の敗戦により外地に残された日本人は軍人軍属が353万人、民間人が300万人だったそうです。軍人軍属はポツダム宣言に復員が明記されているので(戦闘技術をもった人達が外国に留まられては困る)、ソ連占領地域以外はわりと早いうちに日本に戻ったようです。が、300万人の民間人については二の次。

今回の日本滞在で購入した本は多いけど、どうしても読みたかった本は「流れる星は生きている」(藤原てい著)でした。自身の満州からの引き上げを小説にしたもので、下書きは子供たちに宛てた遺書をもとにしています。本人もとうてい生きてはいられないが、3人の子供たちを守るために生きている気持ちが本の全編ににじみ出ています。満州にはどのくらいの民間人がいたのでしょう?

終戦時に満州にいた民間日本人は105万人と言われていますが、ついに帰り着くことなく異国の土となった方は24万人。ほぼ4人に一人は難民として日本を目指す途中で亡くなったわけです。この民間人の犠牲は、東京大空襲、沖縄戦、原爆のどの一つよりも多い犠牲者数で、第二次世界大戦の日本の民間人犠牲事件としては最大のものです。

「(引用)私たちの前に老人が四人ばかり固まって歩いて行った。(中略)「生きて行ける人は先に行ってください、急いで、急いで逃げなさい。老人は捨てて、早く行っておくれ。南無阿弥陀 仏南無阿弥陀仏。。」
といっていた。私たちは呪詛のような恐ろしいその声を後に聞きながら大きくよけて前にでた」

この場面は満州から38度線の手前まで来たところです。著者が宣川の難民キャンプを出発したときは団になってたものの、その後は脱落や道の違い、考えの違い、まるで溶けるように、知らないうちに団は崩壊して、ひとりひとりが南を目指すしかありません。38度線を越えたと思ったものの、その後、どうやら道を間違ってしまったらしくなかなか38度線以南の米軍占領地帯の北端の町、開城が見つからず、目の前に川があって渡れず、著者と家族、同行者たちも精魂尽き果て死ぬばかりとなってました。

「(引用)私はもう一歩も進めない。「崎山さん、先に行ってください」私は割合に冷静な言葉でこういった。川の黒い黒い面を見つめた。一歩前にいた、崎山さんは振り返って私の顔を見ていたが、いきなり平手でぴしゃっと私の頬を叩いた。そしてがつがつ歯をならしながら「死にたけりゃ、私の前で死んで見たらいい。さあ、川に入って見ろ、目の前に開城をひかえて死ぬ馬鹿があるか!」崎山さんはぱらぱら涙を流しながら、私の腕を取った。「さあ川に添って上れば必ず橋がある。」

そしてようやく開城の手前では、

「山は低いがけわしい。山のふもとまで来ると山の至る処が日本人の絶叫で満ちていた。「馬鹿!もうすぐだ」「よし子どうした、頑張れ、やい!」という男の声、男のような女の声で山は鳴りひびいていた。私たちだけではない。他の人も半分気が狂っているに違いない。私は二本の手と二本の足で四つん這いになって山を登っていった。山の頂から声が聞こえる。「開城だ!開城の灯が見える!」「死んじゃ駄目だぞ!ここまで来て死じゃ駄目だぞ!」その声は上から下、下から上とお互いに呼びかわし叫びかえしていた。血の出るように闇をつらぬくその声に私の感覚は呼応した。「死じゃ駄目だぞ!」私は崎山さんに怒鳴った。「死じゃ駄目だぞ!」崎山さんもすぐそばで怒鳴り返した」

この後、著者は気を失うのですが(子供からはお母さんは死んでたと言われた)、アメリカ兵に助けられ難民キャンプに入ります。

「これはひどい、よく歩いたものですね」医師は私を手術台に寝かせて、ピンセットでまず肉の中に入っている石の摘出を始めた。小石をピンセットにはさんでは、金属の容器に捨てるごとにカチンカチンを音がした。だんだん奥の方にピンセットが入っていくと、焼け火箸で刺されるように痛かった。ベッドにしがみついて我慢していたが、ついに痛みのため脳貧血を起こしてしまった。(中略)診療所と私のテントとは百メートルも離れていた。この道を這って毎日通うのであった。正彦も私の後から泣く泣く這ってくる。そのみじめな自分の姿を人に見せるのが恥ずかしかった。診療所ばかりではない。便所にも、水貰いにも、咲子のおむつの洗濯にも行かねばならなかった。」

開城とは?現在の北朝鮮にある地名です。Wikiの開城市の説明によると、、

「南北の境界は北緯38度線上に引かれていたため、この時点では、北緯38度線以南にある開城の中心部は、韓国側の統治圏内だった。1950年に朝鮮戦争が始まると、開城は真っ先に北側の朝鮮人民軍の手に渡った。その後アメリカ軍を中心とした国連軍が応戦したことで一時は開城全域が南側のものとなった時期もあったが、北側にも中華人民共和国から義勇軍が参戦したことで開城は再び北側のものとなり、南北の軍の最前線は開城のすぐ南で膠着した。1953年、板門店での休戦協定締結により、朝鮮戦争は停戦(休戦)となる。それ以来、人々の南北間の往来は絶望的となった。更に、軍事境界線は北緯38度線からややずれていたことから、戦争前は南側の韓国の統治圏内だった開城は、戦争後は北側の朝鮮民主主義人民共和国の統治圏内になった。開城の人々は戦争の際、南に逃れた人もいれば、開城に留まった人もいた。この結果、南北間の離散家族は開城出身者が最も多い。」

著者がたどり着いた時は韓国側の町です。この開城がひとり著者だけでなく、多くの満州からの日本人難民の希望の土地であり、希望の名前でした。開城に着きさえすれば、、という気持ちを考えてください、開城は日本ではないにも関わらずです。

いま、世界中で多くの難民がいます。自国を追われ、行き着いた先からも追われ、行き場所もないまま、死ぬのを待つばかりの人がいます。自分の国に帰ればいいのではないか?というのは、何もわかってない人の無意味な発想です。そうならないからこそ、難民の問題があるといっても過言ではないでしょう。そして、難民の人達にとっては「あそこに行けば、あそこに行きさえすればなんとかなるのではないか」という希望の土地があります。満州からの日本人難民にとって開城だったのと同じく、難民本人にとっては縁もゆかりもない場所です。が、まさしく縁もゆかりもない場所が希望の土地であるということを私たちが正確に理解してないかぎり、「なんで彼らはここに居るのか、なんで彼らはここを目指すのか」という素朴な疑問が排外的な考えに変わるのに時間を要しません。

かって、300万人以上もの日本人が難民となりました。生きて帰り着けなかった人も含めてですが300万人、誰でも周囲を本気で探せば一人ぐらい難民だった人がいてもおかしくないぐらいです。が、自分が難民であったことを公開する人は少数です。難民であったことの恥ずかしさというのは、想像をはるかに超えるもの。

学校や家庭、社会では、この事実をきちんと教えているのかどうか怪しいものですが、悲惨であればあるほど引き揚げ者の口は重く、著者夫妻の間でも難民の記憶は禁句のようになっていたそうです。ならばこそ社会がきちんと伝えない限り、知らされず、それが「そんなことは無かった」になるのも早いです。

日本人にとって難民とは遠い外国の話ではなく、自分たちの父母や祖父母の語られることの少ない事実であることを本気で共感しないかぎり、日本の難民への理解は一歩も前に進まないでしょう。

posted by NAOKI at 00:00| クアラルンプール ☁| Comment(0) | History 歴史と外交 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月23日

First One Step 重い体の最初の一歩

The first step when I am tired.

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いよいよ、、明日はイベントの日。レースパックを受け取りにTCに行って、いつものとおりビブの受け取り。なんか、随分久しぶり。

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レース会場は、地元。マックのドライブスルーがゴール、、なのだろうか?

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パハンの誇る海岸の散歩道。日の出が海から上がるのは、西海岸の人にとっては珍しいこと。東海岸ならではです。

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、、、とはいえ、私の体は重い。筋肉が丸ごと無くなって、代わりに贅肉がついてプラスマイナス体重は一緒。でも中身は大違い。もう、どんだけ体が重いかというと、すこし練習でジョギングするか、、という気が全く起こらないぐらい。

3か月ぐらいまともに走ってなくて、もう2度と走れないのじゃないかと思うぐらいランに対してネガティブになっています。人生、走らなくてもちっとも困らない。本当に、普通に歩ければそれで十分。それに、世の中のほとんどの人はジョギングなんてしてないし、私がしなくても、ぜんぜん問題ない。みんなと一緒のレベルというぐらいのことでしょ?

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でもねえ、なんか、もう一つ手ごたえがない。だから、ちょっと走ってみます。100mぐらいでいいから、走ってみようよ。ジョギングシューズは今回の日本に行ったときに買った靴。日本にいた時に既にジョギングする気が失せてたので、モチベーションを作るために無理して買った靴。

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明日はたった12km。ピースオブケイク。ゆっくり1時間半ぐらいで走ろう、、とか思ってました。しかし、ともかく、体が重くて、走る気になれないこと。やっと今日、もう、ランの前日。さすがに、少し走ってないとまずいよね。とか思って、走りだしました。

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、、、が、もうダメダメ。2キロ半で、息が上がって、もう足が動かない。これがかってのマラソンランナーか?たった2キロ半で、けっきょく切り上げました。もう、泣きたいけど、「3か月のダメダメ」が、ほっとくと「4か月のダメダメ」になるだけだから、このへんで少しずつ体を作ろう。

どうせ明日は、呆れるほどダメなのはわかっている。だから、明後日からがんばるのだ。
毎日、少しづつ。少しづつ。一歩ずつ。目標は年末のシンガポールマラソン。2キロ半の、、、20倍は距離があるんだけど、、、まあいいか。一歩ずつ。

posted by NAOKI at 21:32| クアラルンプール ☁| Comment(0) | Fitness & Health 運動部と保健室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月22日

These three months この3か月間のダメっぷり

I did not do any practice/exercise for all after Aidilfitr. So, all of my body became so weak.

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ラマダン月が終わったのが6月の終わり。それからすでに3か月。7キロ痩せたと喜んでいたのもつかの間。痩せたのは筋肉が落ちてしまったからと気が付いた時には顔は真っ青。筋肉がおちるならまだしも、免疫力まで落ちてしまい、8月にはいってインフルエンザを2回もかかってしまった。

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よく、急なダイエットは体に良くないとか雑誌に書いてあったりするけど、ほーーーんと、そのとおり。まずは、みんなが「そういうのは良くない」と口をそろえていってくれるのに、「だーいじょうぶ!」とか訳の分からないことを言って、みごとに失敗するまで気が付かないという私の頭の悪さはどうにかしたい。

日本にいる間に痩せた体重を見事に復活するほど贅肉が増えてしまい、おいおい、落ちたのは筋肉であって贅肉ではない!といいたいけど、これもまた如何ともしがたい事実。
ほんとうに少し体を動かすだけで、もう体力の限界。日本の電車の乗り換えなんて、本当に辛かった。

マレーシアに帰ってきて、さっそくヨガのクラスに顔をだしました。ほとんど2か月ぶり。そして、まーったくクラスのみんなについていけない。ヨガで鍛える筋肉なんて普段あんまりつかわない小さな筋肉が多いのですが、筋肉が落ちたうえ、日常生活で使わない筋肉だから鍛えるチャンスがないまま、まーったく最初にヨガクラスに来た時のレベルまで落ちてしまった。柔軟性もないうえ、持久力もない、、なんか辛いなあ。

そして、、、こんどの日曜はランニングイベントなんだけど、、、そもそも歩ける?
ともかく、こういう筋肉ごとは、継続して頑張らないと中断すると振り出しにもどる!ということが良く分かった。やり始めたら、途中でやめてはならんのだ、、、えーっと、明後日なのにジョギングする気力も起こらないし、ダメダメっぷりが身に染みる。


posted by NAOKI at 17:53| クアラルンプール ☁| Comment(0) | Fitness & Health 運動部と保健室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Cholesterol in Malaysia マレーシアの国民病

Everywhere, Omega3 is shown in the brand name now.

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この間ラジオを聴いていたら、ネスレの高コルステロール対策飲料のコマーシャルやってました。コマーシャルの中では、いかにマレーシアがコルステロールにやられているか細かい説明も。コマーシャルによると、高コルステロールはマレーシアの国民病らしいです。オメガ3を飲んで高コルステロール退治!みたい。

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ふーむ、、、いかにも、コルステロールの高そうな食事がレストランで並んでるし、もう本当に揚げ物天国マレーシア。マレー食、インド食系のレストランでは野菜は本当に少ないです、、だから野菜をとるには華人系のレストランにいかないといけません。あるいは野菜の多い家庭料理をきちんと食べるとか。

ちなみに、コルステロール対策に良いとされる豆乳ですが、マレーシアの豆乳は単なるジュース。糖分が高すぎて糖尿病になるから控えようという保健省かなにかもポスターを見た記憶があります。やっぱり、あんだけ甘ければいくら豆乳が体に良いといっても、糖尿病を引き起こすのであればダメダメでしょう。

こちらは、ツナ缶にオリーブオイルを入れて、オメガ3!背の青いサカナはコルステロール値を下げる作用があるし、オリーブオイルもいいらしいです。併せて、国民病退治ですね。苦労してますね、、って、他人事ではない、私も悪玉コルステロールを下げないといけません。

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ちなみに、「日本の国民病」という文字をグーグル検索にかけると、、、でてくるのは。
「花粉症」「糖尿病」「がん」「肩こり」「腰痛」「高血圧」「貧血」「便秘・痔」「歯周病」「猫背」「慢性腎臓病」、なるほど。でも、

「仕事がつまらない」、「自分責め」というのがでてきてビックリ。おいおいおい、それは国民病か?それは、、、すごく治療が大変そう。というか治療方法が確立してない不治の病な気がする。仕事がつまらない&自分責めは、お医者様ではちょっと難しいけど、自分でなんとかすれば、なんとかなるような気がする。


posted by NAOKI at 15:24| クアラルンプール ☁| Comment(0) | Fitness & Health 運動部と保健室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Wikipedia ウィキペディアには間違いがてんこ盛り

Wikipedia is easy reference but there are a lot of wrong info or mistakes intentionally or not.

さっきの記事を書くのでWikiを見たところ、、驚くようなミスがいっぱい。ミスというよりは、むしろ「知らないのに思いつきで書いた」というようなレベル。あるいは意図的に間違いを書いたというべきか。

本当に知らないならWikiに書きこむべきではないし、どうしてそのままにしておかないのだろう。ふーむ、なんか知ったかぶりで書きたいという欲求を止められないのでしょう。こまったもんだ。

、、でもって、誰かが無批判にWikiを引用して何かを書いて、それをまた見ることで「思いつき」を強化してしまうことも多いです。以前、ああ、間違ったことかいてるな、、と思ったことを誰かが引用しているのを実際に見たことがあるし、それを見た誰かがまたそこから引用して、、という引用の連鎖で、もはや「思いつき」が定説レベルまで引き上げられている。インターネット上にゴロゴロしているものなんて取りあえずは疑うべき。


意図的に間違いを書く時とは?自分で何かうそっぱちを発表したい場合、とりあえず手始めとしてWikiを編集しなおして自分の嘘っぱちに合わせた内容にして、こんどは自分の発表を「Wikiを引用して、、、」とやればいいわけです。Wikiだけじゃ物足りないなら、似たようなものを適当にでっちあげてインターネットに転がせておけば、自説をサポートするものとして用足ります。

とても論文とはいえない駄文が参考文献としてWikiばかりを挙げるのは、まあ、そんなことでしょうね。はあ、頭が痛い。


posted by NAOKI at 14:42| クアラルンプール ☁| Comment(0) | Diary 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする